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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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曇る空の色


 濠[ホリ]に囲まれた丸い土地に聳え立つ、天突く豪華絢爛[ゴウカケンラン]な巨大建築物。バロック建築の宮殿を思わせる宗教がかったデザイン。それが帝都政府の中枢――夢殿[ユメドノ]。
 その敷地内に女帝の住まいであるヴァルハラ宮殿はあった。
 夢殿及び、その建物が立つ敷地内は帝都一の警護が敷かれ、帝都でもっとも安全な場所と称されていた。
 女帝の警護にはワルキューレと呼ばれる者たちがあたり、最高責任者のアイン以下九名がワルキューレに名を連ねる。ワルキューレは全員女性であり、番号で名を呼ばれ、欠員が出た場合は補充されることになっている。
 ワルキューレのひとり、ズィーペンはある人物の着替えの手伝いをしていた。
「お着替えを済ませたら、すぐにイスラフィールの塔へ向かいます」
 法衣の袖を通し、この世ならぬ美貌を持つ女性は玲瓏たる声でズィーペンに応じた。
「毎年毎年、よく人が集まるもんだね」
 その声は顔にふさわしい美しい声音ではあったが、口調はまるで少年のようであった。
「ヌル様をひと目見ようと、みな集まってくるのです」
「それが莫迦らしいんだよ」
「そのようなこと口にするものではありませんよ」
「本物アタシは今もお寝んねしてるってゆーのにさ。人間なんてものはやっぱり見た目に騙されるんだよ」
 一〇月十八日――聖祭。女帝の生誕日を祝う祭典である。
 街中がお祭りムードに包まれ、道路は全て歩行者天国となり、煌びやかに飾られた街には屋台が軒を並べ、絢爛豪華なパレードが催される。
 このパレードには女帝が国民の前に姿を見せるとあって、全国から熱狂な信者たちが帝都の街に集まってくる。
 女帝の名はヌル。世界三大美女にその名を記録する絶世の美女である。
 彼女には過去に関する記述が一つもない。それが彼女のミステリアスな魅力に拍車をかけていた。しかし、彼女には謎めいている事が多い分、それに比例して常に悪い噂が付きまとってしまう。
 煌びやかな法衣に着替えを済ませた女帝ヌルは、溜息を吐きながらズィーペンの顔を覗き込んだ。
「ところでさ、アタシの何回目の誕生日だか覚えてる?」
「――回目の誕生日ということになっています」
 眼鏡を直しながらズィーペンは正確な数字を答えた。
「そんなくだらないことなんてよく覚えてるね。永久に縛られたアタシたちに、歳なんて概念はくだらないよ」
「それはごもっともです。しかし、歳の概念は必要なくとも、時間の概念は必要です」
「まったくだね。時間が流れること、それは……」
「あの方の復活を意味します」
 言葉の途中で口を噤んだヌルに変わって、ズィーベンが言葉を紡ぐ。常にヌルの傍に仕え、着替えからスジュール管理、ヌルの一切を引き受ける側近のズィーベンには、ヌルの些細な仕草や言動に表れる心中を察することは造作ない。
 そして、あの理由があるからこそ、ズィーベンとヌルは常に共にしなければならない。
「そのとーり。ところでキミの精神状態はどう?」
「〈ダーク〉の面が強くなっているように思えます」
「結界師としての実力は、このアタシが身に沁みて一番知ってる。けどさ、力を取り戻したアイツなら、簡単に結界なんて破るよ」
「それは命に代えて死守いたします」
 ズィーベンの瞳は神々しいまでの光を湛えていた。女帝のためなら喜んで命を燃やす。
「命になんて代えなくていいよ。どーせ、君が死守してもアイツは復活する。それなら、無理なんかしないで、キミには生きて欲しい」
「わかっております。再びあの方を封印するときに私の力が必要になりますから」
「そーゆー意味ないってば」
 それもズィーベンにはわかっていたが、あえて彼女はそれについては触れなかった。わかっていると言えば、ヌルは頬っぺたを膨らませて恥ずかしそうに怒り出すだろう。
 懐中時計を確認したズィーベンは部屋の扉を開けヌルに向かっていった。
「予定が詰まっております」
「今日は無駄に忙しい日だよ。明日はゆっくりできるんだよね?」
「明日の予定はヌル様の偽体を取り替えるだけです」
「アタシの偽体の調子が悪いって、よくわかったじゃん」
「いつも傍におりますから」
「ホントだよねぇ、キミとはいつも一緒だけど、明日会うゼクスとは前に偽体の整備をしてもらって以来だよ。あいつが一番ワルキューレの中で顔を合わせない」
 ゼクスとはワルキューレの科学顧問で、研究バカでいつも研究室にこもりっぱなしなのである。
 話がひと段落したヌル、ズィーベンの開けたドアをくぐった。

 〈光の子〉と〈闇の子〉の戦いを記した書物は世界にいくつもあるが、その戦いのことを刻銘に記した書物は、世界にひとつしかないとされる。その書物があると噂されているのが、夢殿の施設のひとつである〈夢幻図書館〉である。
 〈夢幻図書館〉はこの世界とは違う次元の存在し、図書館内部の空間も迷路のように入り組んでいる。そこにある書物は門外不出のものばかりで、禁断の魔導書から国家機密文書まであるとされる。
 この図書館の中でも、女帝ヌルにしかた観覧できない場所に〈ステラの黙示録〉はある。この書物こそが〈光の子〉と〈闇の子〉の戦いの真実だけを綴った書物である。
 〈ステラの黙示録〉は単なる歴史書ではない。そもそも、この書物は自動筆記により書かれた物であり、早い話が超能力によって書かれた書物なのだ。そのことにより、ここに記されているのは過去だけではなく、未来も記されているのだ。
 女帝ヌルは年に一度だけ〈ステラの黙示録〉を観覧する。
「何度読んでも内容は変わらないもんなァ」
 イスラフェールの塔に出かける数時間前、少女の姿をしたヌルは〈夢幻図書館〉の奥部屋にいた。
 何千回と読んだ〈ステラの黙示録〉。
 過去の内容は完璧に記されている。しかし、未来のこととなると、断片的で矛盾も多い。
 未来はすでに決まっているものなのか、そうでないのか、説はいろいろとある。
 世界は〈大いなる意思〉と呼ばれる天秤のようなモノの謀であるとも云われている。その〈大いなる意思〉に本当に意思があるかは不明であり、この世の法則のようなものだとも云われている。この〈大いなる意思〉が望むのは、最終的な調和である。
 ヌルは知っている――〈大いなる意思〉の代行者が、歴史に介入していることを。
 最終的な調和に向かうシナリオがあるとしても、アドリブもあることをヌルは気づいている。
 いくつもある過去と未来。時間とは円ではなく、球である。一点を起点とし、そこから無限ルートの一つを選び、進み、起点に戻ってくる。ヌルはそう解釈している。
 いくつも過去と未来があり、時間軸が球の上に存在していたとしても、すでに過去というレールを進んできてしまった以上、ある程度未来へのレールは限られてくるのだろう。
 そう考えると、〈ステラの黙示録〉に書かれた未来が断片で矛盾が多いことが理解できる。
 起きてしまった過去から、高確率で導き出される未来。
 〈闇の子〉の復活。
 二人のメシアの激突。
 メシヤによる真のエデンの樹立。