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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

INDEX|65ページ/92ページ|

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 そよ風が吹き、小川がせせらぐ。
「女帝様、お聞きですか?」
 雪兎は眼を閉じながら囁きながた問うた。
 煌びやかな法衣に身を包む童女――女帝が雪兎の前に姿を現した。まるで風と共に現れたように。
「アタシになんか用?」
 軽い口を叩く女帝に対して、雪兎は深く沈痛な表情で頷いた。
「ええ、お話があります。殺葵くんにも聴いてもらいたい話です」
 雪兎は考えていた。運命の刻[トキ]が来たのではないかと、彼はこの手に月詠が戻ったときから考えていた。そして、決意したのだ。
「ここを出ようと思います」
 それが雪兎の出した答えだった。
 微動だにしない殺葵は雪兎の声を通り過ぎる風のように受け、女帝は深い息を吐いて応じた。
「近々キミがそんなことを言い出すんじゃないかなって思ってたよ」
「ですが、運命はそのように動いてしまいましたから」
「月詠が復元されて、雪ちゃんの手元に戻ったから?」
「それもあります」
「妹に逢ってしまったから?」
「それもないとは言えません」
「キミは正直者だねぇ〜」
 いたいけに笑う童女を前にして、雪兎は少し居た堪れなかった。
 月詠を手渡されたときは、まだ外に出ようとは思わなかった。けれど、月詠を渡されてから、決断を出すまでに、雪兎の心は揺れ動いてしまったのだ。妹との再会によって……。
 小さな童女は雪兎を上目遣いで見つめ、朱唇を人差し指でトントンと叩きながらしゃべった。
「妹を想うことは悪いことじゃないよ。それに確かに運命の刻[トキ]は満ちたね」
 少し真剣な顔つきを童女から、雪兎の視線は滑るようにして殺葵を見つめていた。
 すぐに殺葵から女帝に視線を戻した雪兎の表情は、少し冬色が差していた。
「このような事態が起こることを予見し、あなたは手を打たれていたのですね」
「まあね」
 女帝は短く応じた。
 かつてここを訪れた女は言った。
 ――代わりの楔を用意して、あなたに自由が与えられるとしてもかしら?
 そのとき、雪兎はその申し出を断った。
 それは雪兎が?番人?としての役目を担ってしたからである。
 しかし――。
「それが勅命ならば、私は賜らなくてはならない」
 この発言の主を、雪兎と女帝は見た。それは沈黙を続けていた殺葵であった。
「私がまだ我が君の僕であるならばの話だが」
 と殺葵は付け加えた。
 クスクスとどこからか笑いが漏れた。笑いの主は一目瞭然だった。口に手を当てているのは幼き女帝だ。
「アタシはサッちゃんを解任した覚えはないよ。君はしーくんに比べて硬いよ」
「私は我が君を裏切りました」
「変えられない過去の罪は、変えられる未来で贖って欲しいな」
 幼き童女の足元に、長身の殺葵が跪いた。
「御意のままに」
 風が吹き、紅い花が咲き誇る花畑がざわめく。
 その中で、春風駘蕩の雪兎は鞘から刀をゆるりと抜いた。
「姫を守るのは騎士と決まっています。僕がここを守るより、殺葵くんが守ったほうが相応しいでしょう。だから、ここは殺葵くんに任せます」
 殺葵が深く頷いたのを見て、雪兎は空[クウ]を突いた。
「だから、僕は行かせていただきます」
 空を突いた神刀月詠の切っ先は消失していた。
 柄を持つ手に力がこもる。
 突き刺さられた刀は一文字を描き、空間に一筋の傷をつくった。
「向こうに行ったら、?影の眠り姫?を探します」
 やがて傷は楕円状に広がり、人ひとりが通れるほどの大きさになった。その中に入っていこうといていた雪兎の脚がふいに止まる。
「そうだ、あちらに行ったら永遠の若さは保てないね。それはやだなぁ〜」
 愚痴る雪兎の背中を誰かが蹴飛ばした。
「さっさと行ってらっしゃ〜い!」
 叱咤を背中で受けた雪兎は、裂け目の中に頭から突っ込んだ。そして、彼の上げたあられもない声が遠ざかっていく。
 数年ぶりに踏む大地。
 帝都エデンは雪兎を受け入れるのだろうか?

 静かな夜。
 静かな森。
 静かな湖。
 辺りは闇であった。
 今宵は新月。この魔女がもっとも好む朔夜であった。
「うふふ……来たわね」
 夢幻郷から使者が訪れたことを多くの者が感知した。だが、この街でいち早く気づいたのは、セーフィエルであった。彼女は全身で神刀月詠の気配を感じたのだ。
 あの刀がこの夜に現れ出たということは、あの男も世界に出でたに違いない。
「やはり、妹が決めてかしらね」
 神刀月詠をつくり上げたセーフィエルは、その足で雪兎の元へ向かった。そこで月読を渡すことはできたが、雪兎は外に出ることを拒んだ。だが、それはセーフィエルの思慮の範囲内であったのだ。そこでセーフィエルは運命のカードを切った。
 効果は覿面であった。なにせ、命と雪兎が再会を果たしてから、1日しか経っていないのだから。
 全ては急速に動いている。運命の歯車が激しく回っているのだ。
 舞台はこの帝都エデン。
 果たしてセーフィエルはどのような劇を演出しようとしているのだろうか?
 それはまだ誰にもわからない――。

 月を詠むもの 完