旧説帝都エデン
アリスは無理に立とうとはぜず、赤ちゃんのようにハイハイをして歩きはじめた。それでも前に進むのは困難で、嵐に遭ってしまった船のように身体が揺れてしまう。そこでアリスはしかたなく空を飛行することにした。
「コード000アクセス――50パーセント限定解除。コード005アクセス――〈ウィング〉起動」
アリスの背中に骨組みだけの翼が生え、それは魔導を帯びて黄金色に輝く。
微かに重低音を鳴らしながらアリスの身体が宙に浮いた。
一本道の廊下はどこまでも続いている。こんな道を来た時に通った覚えはなかったが、道を間違えたつもりもない。アリスは後ろを振り向くが、そこにも一本道の廊下が続いている。
外から見た屋敷の外観と廊下の長さが合っていない。明らかに廊下の方が長いのだ。空間が捻じ曲がっていることは明白だった。
たとえ空間が捻じ曲がっていようと、今ある道は2つだ。一方に進むしかない。
アリスは一方の道を選び高速移動を開始した。
同じような景色が後ろに流れていく。どこまでもどこまでも同じような景色が続き、最初の地点に戻ってくる。
アリスは道がループしていることを知りながら、ただひたすらにまっすぐ進み、しばらくして逆方向に進んで止まった。
「やはりドアの数が変化しているみたい」
A地点を起点にしてアリスが一方に進んでいると、いつの間にかA地点に戻ってくる。しかし、変わったことが一つだけある。起点となったA地点にはセーフィエルとアリスが会った部屋のドアがあり、そのドアには『1』と書かれていた。一方に進み何度もループを繰り返していくうちにドアの数が増えていて、1つ増えるごとにドアに書かれている数字も増えていた。
アリスが逆戻りしたのはドアの数が減ることを確認するためだ。そして、ドアが増える上限は『9』であった。
廊下に並ぶ9つのドア。アタリハズレがありそうだが、アリスは『1』のドアから順番に入ることにした。
ドアノブに手を掛け、ゆっくりと手を引いたアリスが顔をしかめる。それでもアリスはドアを潜ったが、アリスの予想は当たっていた。『1』のドアから入ったら『1』のドアから出てしまったのだ。
アリスはこの後、9つ全てのドアを潜ってみたが、結果は同じだった。
もしかしたら、ドアに入る順番が決められているのかもしれない。しかし、先ほど潜ったドアは全て同じ感じがした。正解のドアを潜った時に何らかのヒントがあってもよさそうなものだが、それはなかったとアリスは判断した。
ヒントはなく、通る順番というものがあるなら、それは勘と根気で突破しなくてはいけない難関だ。けれども通る順番があるという考えは、すぐさまアリスの中で消去[デリート]された。
セーフィエルの性格を考えたアリスは、セーフィエルが何らかのヒントを残していると考えたのだ。
9つ全てのドアを通ったが、ヒントはなかったとアリスは判断している。となると、この9つのドア全てがフェイクなのではないかと考えた。そして、アリスは急いで道を引き返した。
流れる景色の中で、ドアが1つずつ減っていく。それはまるでカウントダウンをするように9から順番に数が減っていく。そして、『1』を超えてドアが全てなくなり、壁に『0』という数字が現れた。
壁に描かれた『0』という数字を見たアリスは腕組みをして考え込んだ。
『0』という数字は実際には描かれているわけではなかった。そこには楕円の穴が空いていたのだ。
鍵穴か何かなのかもしれないという考えが浮かんだ時、アリスはニッコリとした表情を浮かべた。
「コード001アクセス――〈ビームセーバー〉召喚[コール]」
アリスの手に光り輝くソードが握られ、アリスはそのソードを穴の中に差し込んだ。すると、カチっという音が聞こえ、壁の裏から歯車の回る音が聞こえはじめた。
壁が左右に開けていく。その奥に広がる光景を見てアリスが顔をしかめる。
ピンクの猿の群れが飛び跳ねたり奇声を発したりしている。しかも、なぜか手にはトマトを持っている。
呆然と立ち尽くすアリスの顔にトマトが当たって弾けた。次々とトマトが投げられ、アリスの服が鮮やかに染まっていく。
思わずアリスの本音が出てしまった。
「莫迦らしい」
冷めた表情をしたアリスは手を前に向けた。その間もアリスにはトマトが投げつけられ続けている。
「コード002アクセス――〈シールド〉召喚[コール]」
シールドを召喚したアリスはトマトを防いだ。それを見たピンクの猿はトマトを投げるのを止めてどこかに行ってしまった。
アリスの頭に嫌な予感が過ぎる。まさか、全てのアクセスコードを使わせる気なのでは?
ピンクの猿がいなくなった部屋の奥にはドアがひとつある。しかし、アリスはドアに背を向けた。
「……さすがに付き合っていられない。コード003アクセス――〈コメット〉召喚[コール]」
天[ソラ]より召喚されしロケットランチャーを構えたアリスは照準を定めた。
〈コメット〉は壁を狙っていた。
「ターゲット確認――ショット!」
轟音と爆風に小柄なアリスの身体が後方へ吹き飛ばされた。
〈コメット〉を担ぎながら、片手を床について着地したアリスは、硝煙の先にあるものを見定めた。
崩れた壁のその先――アリスは外だと思っていたが違った。
壁一面が鏡でできた部屋。中に入ったアリスが無限に映し出される。夢幻世界がそこには広がっていた。
鏡に映るアリスが〈コメット〉を本当のアリスに向ける。
すぐさまアリスは早口でアクセスコードを唱えた。
「コード000アクセス――80パーセント限定解除。コード008アクセス――〈ショックウェーブ〉発動!」
アリスを中心として電波が水面に落ちた雫のように広がり、鏡が大きな音を立てながら弾け飛んだ。
弾け飛ぶガラス片が七色に輝き、やがてそれはひとまとまりに集まり、もう一人のアリスを造り上げた。
もう一人のアリスを見た本物のアリスは嫌な顔をした。
「私はもっと可愛らしい」
しかし、今のアリスはトマトでぐちょぐちょだった。目の前にいるアリスは綺麗なゴスロリドレスを着ている。
もう一人の偽アリスとも言うべき者がアクセスコードを唱えた。
「コード000アクセス――100パーセント解除。コード002アクセス――〈シールド〉召喚[コール]。コード004アクセス――〈レイピア〉召喚[コール]。コード005アクセス――〈ウィング〉起動。コード006アクセス――〈ブリリアント〉召喚[コール]。コード007アクセス――〈メイル〉装着。コード009アクセス――〈イリュージョン〉起動」
白いボディースーツに包まれた偽アリスは〈シールド〉と〈レイピア〉を構え、背中には黄金の翼、身体の周りには4つの球体がダイヤのようにきらきらと輝きを放っている。
フル装備をした偽アリスを見て、本物のアリスが失笑する。
「コードはやたらと唱えればいいってものじゃない……。コード007アクセス――〈メイル〉装着。コードΩアクセス――〈メルキドの炎〉10パーセント限定起動、昇華!」
それはあまりにも一瞬の出来事であった。
作品名:旧説帝都エデン 作家名:秋月あきら(秋月瑛)