旧説帝都エデン
再びアリスより降り注ぐ〈メルキドの炎〉。
時速60キロメートルで走行するトラックの上から飛び降りたら大怪我をするだろう。しかし、このままではトラックと共に心中だろう。
マナは鳥になることを決意した。
トラックからジャンプするマナ。トラックを破壊、炎上させる〈メルキドの炎〉。
巻き起こる爆風にマナの身体は軽々と吹き飛ばされてしまった。
日が沈み、夜が舞い降りた。
マナはトラックの炎上に紛れて姿を暗ませて、今の今まで都市の裏路地を徘徊して身を潜めていた。かれこれ、半日以上街を徘徊し、すでに零時を回っている。
幸いアリスにはレーダーなどの機能が付いていなかったので、どうにか今までアリスに見つからずに済んだ。
アリスの製作者はセーフィエルであり、マナはアリスの性能を把握し切れていない。それ故にアリスの戦闘能力は未だに未知数なのである。
帝都の街は眠らない。街は輝き活気に満ち溢れている。しかし、光の当たらない場所には陰ができる。
帝都の裏路地に住むホームレスたちはグループを形成し、自分たちの住むテリトリーのことを?ホーム?と呼んでいる。
マナは小規模なホームのひとつに身を隠し、そこでファリスという名の10歳ほどの少女に拾われた。
ファリスはマナの顔を覗き込んだ。
「う〜ん、捨てられたにしては毛並みも綺麗だし、お金持ちの家の猫かなぁ?」
お金持ちというのは間違いではないが、捨てられたわけではない。そもそも本当は猫ではないのだから。
マナの抱える問題は2つ。アリスに追われていることと猫であること。現状ではどちも解決する術はない。
マナを抱きかかえるファリスの元へリヴェオが現れた。リヴェオはファリスの3歳年上の兄だ。
「また、そんなもの拾って」
「だってぇ……」
ファリスはマナをぎゅっと抱きしめた。マナはファリスにいたく気に入られたらしい。だが、マナはここで一生暮らすつもりは毛頭ない。
ホームに住む人々の視線がこの場に相応しくない格好をしたモノに向けられた。
メイド服を着たモノとファリスの視線が合った。
「その猫をお渡し願います」
「にゃ!?(ヤバイ!?)」
この場に現れたのはアリスだった。ついに見つかってしまったのだ。
ファリスは何の躊躇もなくマナをアリスに差し出そうとした。
「メイドさんが探しに来るなんて、やっぱりお金持ちの家の猫さんだったんだね」
マナをアリスに手渡そうとしたファリスをリヴェオが腕を出して止め、リヴェオはアリスの顔を見据えた。
「猫を見つけてやったんだから、お礼くらい貰えてもいいと思うけどなぁ?」
ホームで生き抜いて来た者としてはこうでなければならなかった。
アリスはほんの一瞬だけ相手を小莫迦にしたような表情をした。
「仕方ありませんね。コード000アクセス――60パーセント限定解除。コード006アクセス――〈ブリリアント〉召喚[コール]」
マナはファリスの腕の中から飛び出して逃げた。アリスはこの地区をふっ飛ばしても構わないと思っていることを悟ったのだ。
アリスの身体の周りに4つの球体がダイヤのようにきらきらと輝きを放っている。
煌々たる光が世界を白くした。アリスが〈ブリリアント〉を放ったのだ。
アリスの周りに浮く4つの球体から次々とレザービームが発射される。
マナは決して後ろを振り返らない。過去に引きずられて生きるような女じゃない。というか、後ろはきっと大惨事。
爆音と爆風を感じながらマナはとんずらした。
迷路のように入り組んだ路地を疾走するマナの目にある人物が映った。
「にゃー!!(時雨ちゃん!!)」
マナの前方には?敵?と対峙する時雨がいた。その敵の手には?爪?が装着されていたが、今のマナにはそんなことなどどうでもよかった。
閃光と爆発音に時雨も気がつき、その方向を振り向くと〈ブリリアント〉を発射するアリスがまず目に映り、次に自分に抱きついて来た黒猫が目に入った。
「マナ!?」
「にゃ〜ん!(あたり!)」
マナを抱きかかえた時雨であったが、実はそんなことをしている状況ではなかった。
狂人者からシザーハンズが繰り出される。
時雨は輝く妖刀村雨でシザーハンズを受け止めた。しかし、シザーハンズは2対でひとつ。2撃目の爪が時雨を襲い、そこにアリスの〈ブリリアント〉は発射される。
「はぁ!?」
時雨に不幸がやって来た。腕の中には人災マナ、襲い掛かるシザーハンズ、連続発射される〈ブリリアント〉レーザー。
シザーハンズによって時雨の肉が抉られ血が吹き出る。が、そんなものは些細な傷である。すぐそこに迫っている〈ブリリアント〉こそが脅威だ。
時雨はマナを抱きかかえながら路上に飛んだ。手は村雨とマナで塞がれ時雨は腕から地面に転がった。
「……痛い」
時雨はすぐに立ち上がり村雨を構える。状況としてはよろしくない。〈シザーハンズ〉と戦っているというのに、なぜかアリスにも攻撃された。
「あのさぁ〜、なんでアリスに命狙われてるの? 日頃の恨みとか?」
「にゃーっ!!(後ろ!)」
立ち上る煙の中からシザーハンズが煌いた。そして、前方には〈コメット〉を構えたアリスが!
シザーハンズを紙一重で躱した時雨はヤケクソになった。
「逃げるが勝ち!」
背を向けた時雨に〈コメット〉が発射される。
轟々と鳴り響く輝きが時雨の真横を掠め飛ぶ。だが、この〈コメット〉には追尾機能がついている。
急に進路を変えた〈コメット〉が時雨――ではなく、マナに襲い掛かる。
「にゃーっ!(早く避けてぇん!)」
「何あれ!?」
逆走をはじめる時雨であるが、その先にはシザーハンズ、そのもっと先にはアリスがいる。
二対のシザーハンズを構える狂人者。
時雨が振るう妖刀の切っ先から輝く光が迸る。妖刀村雨の妖術のひとつである。
妖刀から勢いよく飛び出した光の粒は狂人者の目を暗ませた。だが、〈シザーハンズ〉が本体あるので目暗ましは効果がない。
2対のシザーハンズが時雨に振り下ろされる刹那、狂人者の身体を強烈な光が貫き、時雨をも貫こうとした。
時雨は光を辛うじて避けた。
狂人者の身体を貫いた光は槍であった。それをしっかりと握り締めているのはアリスだ。アリスは〈レイピア〉を召喚[コール]して、マナを狙ったのだ。そこにたまたま障害物となる狂人者がいたに過ぎない。
〈レイピア〉を引き抜かれた狂人者の身体は地面に倒れた。
機械人形アリスは無表情のまま〈レイピア〉を構える。
「時雨様、マナ様をお渡しください。わたくしの使命はマナ様の抹殺であり、他のお方に危害を与えるつもりはありません」
『ウソつけ!』とマナ&時雨は思ったが、それは口に出してはいけないような気がした。
一触即発な感じに追い込まれそうな状況に巻き込まれた時雨はアリスとマナを交互に見た。
「つまり、マナを渡せば問題解決って――」
「にゃぎゃ〜!(莫迦っ!)」
猫爪攻撃を時雨は頬に受けた。ヒリヒリと沁みる痛さだ。
交渉は決裂した。それも時雨の意思はなしにだ。
作品名:旧説帝都エデン 作家名:秋月あきら(秋月瑛)