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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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 あまりにも遅い院長に対して、時雨を小さな声で吐き捨てるように呟いた。
「……ヤブ医者」
「何か言ったか時雨?」
 ぎょっとした時雨の視線の先には院長が立っていた。
 この病院の院長の名は蜿。白衣と白いフードに身を包み、顔には仮面を被っている。この院長は素顔や素肌を人に見えることが全くないのだ。
 不気味な格好をした院長の仮面の奥からくぐもった声が聞こえる。
「少し体調が優れなくてな……」
 蜿の息は少し荒いように思える。それは仮面をつけて息がしにくいわけではなく、ここに来る前にあることをして来たからだ。
「医者が体調悪くて、どうするのさ?」
「うるさい、患者は黙ってやがれ」
 蜿の左手が時雨の腹にかざされた。この行為は通称?スキャン?と呼ばれており、蜿は左手を何かにかざすことにより、その内部を読み取ることができるのだ。
「綺麗な切り口だな」
 そう呟くと蜿は次に右手を時雨の腹にかざした。すると傷口は一瞬にして塞がってしまった。蜿の右手には傷を癒す力が宿っているのだ。
 大きな息をついて蜿は床にあぐらをかいて座り込んでしまった。
「身体がだるい、クソッ、あの程度の治療で立てなくなっちまった」
 ?右手?による怪我の治療には体力を多く消費する。だが、普段の蜿ならば今と同じ治療を100回行ったとしても平気だ。今日はいつもと違うのだ。
「どうしたの、今日はだいぶ息が荒いけど?」
 体調を回復した時雨は手術台から飛び降りると蜿の顔を覗き込んだ。
「おまえには関係ないことだ」
「……ケチ」
「うるさい、健康な奴はさっさと病院を出てけ。さもないとメスで切り刻むぞ!」
 医者の発言としてはチグハグであるが、蜿とはこういう人間だ。
「はぁ、じゃあね」
 時雨は呆れた顔をして手術室を自らの足で出て行った。
 残された蜿は自らの足で立ち上がることもできなかった。
「おい、院長室まで肩を貸せ」
「はい?」
「肩を貸せと言ってるだろ、耳が悪いのかおまえは!」
 院長が他人の力を借りるなどそうあることではなかった。立ち上がれなくて看護婦を借りるなど前代未聞名ことである。
 あまりのことに看護婦は自分がなにを要求されているのか最初は呑み込めなかったが、すぐに慌てた表情をして蜿に肩を貸した。
 看護婦に肩を借りて歩く院長の姿を見て、この病院のスタッフは皆丸い目をして凝視してしまった。そして、誰もが思った、この帝都に何か大きな事件でも起こるのではないかと……。
 帝都に起きている異変。そのことに気づいている者はまだ少ない。
 神威神社と帝都タワーの全壊。このニュースは帝都民を震撼させるニュースではあるが、所詮は他人事であった。
 帝都では、生物兵器が逃げ出し帝都警察と大攻防戦をすることや、犯罪者たちが銃を乱射するなどよくあることだ。ビルが何者かの手によって破壊されることもある。それが今回は神威神社と帝都タワーで起きたに過ぎない。
 だが、これはまだ序章でしか過ぎない出来事であった。帝都は確実に闇に包まれようとしていた。

 病院から出るとすぐに時雨はコートのポケット探った。電話がかかってきたのだ。
 ケータイのディスプレイに表示された名は?紅葉[クレハ]?――帝都大学の教授の名である。
「もしもし、紅葉ぃ?」
《至急来い》
「……他に言うことないの、久しぶりとかさぁ?」
《久しぶりだ》
 全く感情のこもってない機械的な挨拶だった。
「ヤダよ〜んだ、ボク忙しいんだから」
《いいから来い。場所は帝都地下遺跡だ》
「地下遺跡って、あの地下遺跡?」
《そうだ、君と以前行った遺跡だ。では、遺跡入り口で待っている》
 そこで電話は一方的に切られた。
 待っていると言われたら行かなくてはならない。これは強制的で、もし行かなかったらどんな目に遭わされるかわからない。
 紅葉の言っていた遺跡とは、今年の1月に帝都の地下で発見された古代遺跡のことだ。そこで時雨は行方不明者探しの依頼を受けたのだった。
 遺跡での事件は解決されたが、時雨はこの遺跡が何の遺跡なのか知らされていない。この遺跡の調査を帝都政府から依頼されていたのが紅葉で、彼は今日まで遺跡の調査を進めてきていたのだ。
 地下遺跡の入り口はビル街にあり、新たなビルを建てるために地下を掘り返したところ、偶然地下遺跡が発見されたのだ
 この遺跡は実際には帝都の地下にあるわけではなく、別の場所にあるのだと言われており。ここにある地上からの入り口は、空間のねじれによって地下の遺跡と繋がっているのだ
 広い空き地に時雨が到着すると、そこで紅葉が迎えた。
 白衣の麗人の長い黒髪が風に戯れて波を打った。
「遅いぞ」
「これでも早く来たつもりだよ」
 これは本当だった。タクシーの運転手に行って、ムリして車を飛ばしてここまで来たのだ。
「では、行くぞ」
「はぁ?」
 有無も言わさず紅葉はさっさと時雨に背を向け歩き出してしまった。
「はぁ」
 時雨はため息をつきながら紅葉の後を追った。
 この遺跡は帝都政府の厳重な警備下に置かれ、24時間体制で政府の人間が警護を行っている。
 遺跡の中には簡易巨大エレベーターで下りる。
 ガタガタと身体が小刻みに揺れ、最後にガタンと大きく揺れてエレベーターは止まった。
「おおっと」
 あられもない声を出しながら時雨はバランスを崩しまった。前回ここに来た時も同じことをして、紅葉にさっさと置かれて行かれてしまった。今回もそうだ。
「行くぞ」
 紅葉は時雨のことなど構いもせず足早に歩いて行ってしまった。
 遺跡の壁は魔法が施されているらしく、常にほのかな光を放っている。
 この遺跡には数多くのトラップが仕掛けられており、そのほとんどは解除せれているが、まだ解除されていないものがあるかもしれない。前回来た時は、解除せれているということになっていたが、実際はいくつかのトラップが残っていた。だから今回もあるかもしれない。
 1ヶ月以上もの調査により紅葉はこの遺跡の構造を熟知したらしく、迷うことなくある場所に向かって行く。そのある場所とは遺跡内に建てられている神殿である。
 石段を一歩一歩上がって行くと、そこには大きなオリハルコン製の門があり、その左脇には大鷲、右脇には大狼の石像があった。石像になっている大狼はこの神殿を守っていた者の彫像だ。
 神殿の中に入った二人を出迎えたのは、鷲の翼を生やした男だった。茶色い布を身に纏うこの男の腰には剣が装備されている。
「お待ちしていました。そちらが時雨様ですね。わたくしはこの神殿を守る〈名も無き守護者〉です」
 〈名も無き守護者〉は妖艶な笑みを浮かべた。この男、いつか出逢った?大狼?に雰囲気が似ている。
 警戒心を抱く時雨に対して、〈名も無き守護者〉はゆっくりとした歩調で近づいて来る。
「恐い顔をしないでください、危害を加えるつもりはありませんから」
「あのさぁ〜、なんでボクはここに呼ばれたのかな、ねえ紅葉?」
 口調にも表情にも怒りはない。だが、時雨は少しご機嫌斜めだった。言うまでもないが、怒りの矛先は紅葉だ。
「彼が君に用があるそうだ」
 華麗に紅葉は責任転嫁をして、時雨の視線を名も無き守護者に向けさせた。