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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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キリングドール


 時雨[シグレ]――彼は帝都で一番美しい。そして、今は帝都で一番臭かった。
「……死ぬぅ」
 帝都の駄天使[ダテンシ]は、帝都地下に棲む大海蛇リヴァイアサンと呼ばれる、全長は60メートルから大きいものでは100メートルにも達し、時には帝都に局地的な地震を起こすことで有名だな怪物との死闘の末、下水に引きずり込まれてしまった。
 下水に引きずり込まれた後、どうにか九死に一生を得た時雨は我が家に帰って来て、家の前で安堵感から立ち尽くしていた。
「……夏凛[カリン]なんか助けるんじゃなかった」
 夏凛とは時雨の妹? でその?彼?を助けたがために時雨は下水に落ちたのだ。
 しばらく、ぼーっとしたあと時雨は家の脇にある階段で2階へと上がった。1階はお店となっていて自宅の玄関は2階にあるのだ。
 コンコンと叩いてドアをノックする。ちなみにドアの脇にはインターフォンも付いている。
「ハルナちゃん開けてぇ〜」
 ややあってドアは開けられ、チェーンロックの掛けられたドアの隙間から眼鏡をかけた女の子がこちらを覗いた。
「おかえりなさ〜い、ふぁ〜……!?」
 いきなりドアが勢いよくバタンと閉められた。しかも、その後ガチャという鍵を閉める音もした。
 理由は明白だった。ドア越しで声が聞こえた。
「テンチョ、クサイですよぉ!」
 時雨は臭かった。それも今は帝都一臭い。
「臭いのは自覚あるから、開けて」
「イヤですよぉ〜、鍵は開けておきますけど……あたし、寝室にこもりますから、少ししたら入ってくださいね。それから、シャワーとか浴びて綺麗になったら、部屋中にバケツで芳香剤まいといてくださいね」
 ガチャと鍵が開けられた。――しばらく待つ。――もう少し待つ。――そしてドアを開ける。
 ゆっくりと開かれるドアと共に異臭が家中に流れ込む。
 時雨急いでシャワールームに直行。そして、脱衣所で着ていたコートや服を脱ぎ、瞬間乾燥機付きの洗濯機に服を全部入れてスイッチオン。
 いつもどおりの行動をした時雨はお風呂に入った――。

 数分後、もうもうと湯気を肌から上げる時雨がお風呂から上がってきた。次に彼は身体を拭き、そのまま裸のままドライヤーで髪の毛を乾かす。
 髪の毛を乾かし終わると洗濯機に入れてあった衣服を取り出す。衣服はすでに瞬間乾燥機により乾いている。そして、着る。
 帝都の天使と呼ばれる時雨はいつも同じ格好をしている。同じ服をいっぱい持っているのではなかった。いつも同じ服を着ていたのだ。……洗っているだけマシと言ったほうがいいのだろうか?
 3階に上って部屋に行こうとした時雨であったが、その足が不意に止まった。居間の電気が点いているということと誰かの会話が聴こえて来たのだ。だが、ハルナがテレビを見ているのだろうと思ってそのまま階段を上った。が……、
「どうぞ」
「うん、ありがとぉ」
 ハルナの声とは別に聞き覚えのあるブリッ子した声が……聞こえた。
「ああ〜っ!! どっ、どうしたんですか、こんな格好でしかも肩から血が出てるじゃないですかぁ〜!!」
「気付くの遅いよ姫」
 時雨の頭にある名前が過ぎった――夏凛。その名前が頭に過ぎった瞬間、時雨は階段を急いで降りようとして階段から転げ落ちて腰を強く打ってしまった。
 腰を打ちつけながら時雨はふらふら歩きで居間のふすまを勢いよく開けた。そして叫ぶ。
「なんで夏凛がいるの!?」
「兄さま、こんばんわ」
 バスローブ姿の夏凛はティーカップを持ち上げながらにっこりと微笑んだ。その姿はまるでお風呂上りのここの住人のようだ。
 この家の偽住人夏凛の顔をあからさまに嫌な顔で見る時雨の手は、まだ、ふすまを開けたままの斜め上30度の位置で止まっていた。
「だからなんで夏凛がいるの?」
 あからさまに嫌な表情をしている時雨に至福の笑みを送り続ける夏凛。
「兄さま、だいじょぶだったあの後」
 あの後とは、もちろん下水に流された後のことである。
「だいじょぶなわけないでしょ」
 そう言いながら時雨は夏凛の前の席に腰を下ろしてテーブルに腕を乗せた。時雨の表情は未だ硬い。そんな時雨をワザと無視するかのように夏凛はハルナに話し掛けた。
「ああ、そうだ! 姫、メイド服貸してくれないかなぁ」
「いいですよ」
 そう言ってハルナはメイド服を取りに自分の部屋へ走って行った。
 二人っきりになって、時雨の視線が痛いくらいに夏凛に注がれる。このまま兄弟戦争勃発になるのか!?
「なんで夏凛がここにいるの?」
「やだぁ〜兄さま、そんなに見つめないで」
 両手の平を頬に付け、顔を赤らめ叛ける夏凛。だが、それをやられた時雨はかなりキレていた。
「……怒るよ」
「ごめんなさい、言います。私がここに来た理由」
「よろしい」
「じつは……、暗殺タイプのA級キリングドールに追いかけられてて」
 キリングドールとはマシーンのことで、兵器としてのマシーンは、暗殺用や殲滅用などがあり、それらをまとめてキリングドールと呼んでいる。そして、暗殺用はその用途から人型をしていることが多い。
「……で?」
 時雨の表情は先程より余計に硬く曇っていた。キリングドールに追いかけられているということは、ここにそれが来るということではないのか?
 そこへいつの間にか、さっきまぼさぼさ頭だったハルナが髪の毛をツインにまとめメイド服を着て、その両手にもメイド服を二つ持って現れた。早業だ。
「あのぉ、夏凛さん、どっちがいいですか?」
 夏凛は迷わず自分から見て右のピンクの生地にフリルがひらひらしてるデザインの方を選んだ。
 そのメイド服を受け取った夏凛は着替えのために家の奥へと姿を消してしまった。
「話が終わってない」
 そう呟くと時雨は台所にお茶を入れに行った。
 台所に立ち水道の蛇口から熱いお湯を出し急須に入れると、湯飲みを空いている手で持って居間へ戻った。
 お茶を炒れて居間に戻って来ると、ハルナは深夜TVを観て楽しそうに笑っていた。
「テンチョ、これおもしろいですね、あはは」
 時雨はお茶をテーブルに置いて座ろうとしたのだが、彼の顔は突然何かを感じ取り、険しい表情へと変わった。
 銃声と共に道路に面している窓ガラスが弾け飛び部屋中に破片が散乱する。敵襲以外のなんでもない。
「ハルナちゃん逃げるよ!」
 そう言って時雨は瞬時にハルナを抱きかかえて家の奥へと走り出した。
 騒ぎを駆けつけた夏凛と時雨が鉢合わせになる。
「兄さま、どうしたの!?」
「夏凛は外で敵と時間稼ぎ、ボクは村雨を取って来る」
「OK」
 夏凛の返事を聞くと時雨はハルナを抱えたまま3階へと駆け上がって行った。
 ハルナの部屋の前で時雨はハルナを床に下ろすと、
「ハルナちゃんは自分の部屋にいて、ボクは村雨を……村雨?」
 時雨はコートのポケットに両手を突っ込み蒼い顔をした。
「ボク……村雨どこに置いたっけ?」
 回想に入る……。夏凛を助けた時、リヴァイアサンを斬るのに使った。その後下水に流され、家に着き、お風呂に入る時ポケットの中身を全部出して……全部出して? 全部出した時に無かった!?
「まさか下水で落とした!?」
 下水に落としたとなると見つかる確率は天文学的な数字になってしまう。