旧説帝都エデン
別の武器を取りに行くべく時雨は自室に駆け込んだ。
和室に掛けられた掛け軸の下に置いてある家宝の壺の中に手を突っ込み何かを取り出した時雨。その手には村雨に似た、柄だけしかない妖刀殺羅[ヨウトウサツラ]が握られていた。
殺羅は村雨同様、柄に付けられたボタンのような物を押すことによって、光り輝くライトサーベルのような刃が出る。
時雨が夏凛に元へ行こうとしたその時だった。1階の雑貨店から大きな破壊音が聞こえた。嫌な予感がした時雨は猛ダッシュで1階に駆け下りた。
時雨の目は大きく見開かれ、怒りの念が沸々と腹の底から湧き上がって来ていた。
閉めていた店のシャッターが壊され店の中もメチャクチャに壊されていた。
夏凛に向かって歩いてくるキリングドールの後ろ――店の奥で何かが激しく閃光を煌かせた。
「ボクの店をどうしてくれるんだ!」
妖刀村雨の代用品、妖刀殺羅を構える時雨の目は怒りで満ち溢れていた。そして、時雨は黒いロングコートを風になびかせながらキリングドールへと斬りかかった。
真紅の光を放ち振り下ろされるソードからは光の粒が血の玉のように飛び散り、それを片手で受け止めようと手を出したキリングドールであったが、その行為は虚しく。出された手は腕ごと切断された。
火花を飛ばしながら血の代わりの緑色の液体を出す腕には気にも止めず、キリングドールの蹴りが時雨のわき腹目掛けて繰り出される。
蹴りはわき腹に喰い込み、苦痛の色を浮かべる時雨であったが、ソードの柄を強く握り締め相手の首目掛けて振った。
マシーンの首が宙を舞い、地面の落ちた。虚しい金属音が夜の澄んだ空気に響き渡る――。
戦いを終え、わき腹を押え道路に片膝を付く時雨は辺りを見回し呟いた。
「……夏凛は?」
もう、この場には夏凛の姿はどこにもなかった。夏凛いつの間にかこの場から逃げてしまっていたのだ。
夜の闇にバイクの走る音が聴こえた。夏凛が戻って来たのかとその方向を見ると大型バイクに跨った女性がこちらに向かって来るではないか!?
向かってくるというのは、?近づいて来る?ではない。時雨をひき殺す勢いでこちらに向かって来ているのだ。
それに気付いた時雨は間一髪のところでアスファルトの地面の上を転がり向かって来たバイクを避けた。
時雨をひき殺すことに失敗したバイクは激しい音を立てて急ブレーキで止まると、特殊部隊のような格好をした女性がバイクを降りて時雨に近づいて来た。
女性は明らかな殺気を放っている。だが、感情が無い静かな殺気だった。このような殺気は先ほどのキリングドールからも感じられた。つまり……。
「また、キリングドールか……はぁ」
妖刀を構え立ち上がる時雨であったが、腹に痛みを覚え顔しかめる。だがキリングドールには相手の事情など構うわけも無い。
瞬時に抜かれた銃から9ミリの銃弾が秒速300キロメートルの早さで発射された。時雨との距離は10メートルを切っている。だが時雨はそれを防いだ。
まさに目にも止まらぬ速さで時雨は剣を振るい、銃弾を叩き斬り消滅させた。人間の技とは思えぬ神の成せる業であった。
銃弾を叩き斬った時雨の身体はわなわなと震えていた。
「この妖刀はボクの手には余るな……ボクの身体の限界以上の力を引き出してくれる……」
限界以上の力を引き出す。それは身体に過度の負担をかけることを意味していた。
再び銃弾を発射される前に時雨は相手の銃を構える手を腕ごと切断しようとした。だが、相手は並みの人間ではなかった、キリングドールだった。腕は瞬時に引かれて腕を切断することはできなかった。だが銃は切断できた。
目的の根本を達成した時雨は敵に背を向けて走り出した。つまり逃げたのだ。
自分の店を構えている商店街を黒いロングコートをなびかせながら走り抜ける。時雨はこの商店街で騒ぎを起こしたら追い出され店の営業ができなくなると考えたのだ。
キリングドールは時雨の真後ろを走っている。もう少しで手が届いてしまう距離だ。そして手が伸ばされた。
それに気付いた時雨は回転しながら妖刀を振るった。キリングドールは後ろに飛び退き間一髪のところでそれを避けた。
「惜しかった、もう少しで斬れたのに……でも、ここなら思う存分に戦えるかも?」
ここは商店街を抜けた先にある神威[カムイ]神社。変わったしゃべり方をする美人の巫女がいることで有名な神社だ。
「ここの境内広いから……少しくらい暴れても平気だよね?」
気兼ねをする時雨だが、キリングドールは命令以外のことに構いもしない。
襲い掛かってくるキリングドールを交わし、時雨は相手の股から頭上にかけて一刀両断を試みたが、キリングドールは状態をひねり腕でそれを受けた。もちろん一刀を受けた腕は斬り飛ばされた。
斬り飛ばされた腕は遠くまで飛び、しめ縄の架けられた御神木の横を掠めるようにして落ちた。
冷や汗を一滴流し顔を蒼くした時雨の身体は固まってしまっている。そこにすぐさま巫女装束を着た命[ミコト]が現れた。
「神社で暴れるなど不届き千番。時雨、わらわの寝起きが悪いことはお主も知っておろう? 説教はあとでしてやるのでな覚悟せいよ。じゃが今は人の形をしたまがい物を滅するのが先じゃ」
固まり何も言えない時雨を無視して命は空[クウ]に印を描く。
「汝らは全てを滅する力なり――招!」
命は右手の中指と人差し指で空[クウ]を突き刺した。すると、空間が裂け、中から二人の鬼神があらわれた。
おぞましい怒りの形相をしている赤色の肌を持つ鬼神は手に持っていた鞘から同時に剛剣を抜き、キリングドールに襲い掛かった。
鬼神を敵と判断したキリングドールは鬼神を倒すべく挑むが力の差は明らかだった。キリングドールは30秒もしないうちに残骸と化してスクラップにされていた。
命の視線が時雨に向けられた。
「さて、時雨よ。言い訳は聞くがの、仕置きは覚悟せいよ」
「あのね……夏凛がキリングドールに追いかけられてさ……それでボクにそいつを押し付けて……」
「だからとゆうて、この神社に逃げ込む理由はかるのかえ?」
「そ、それは商店街で暴れると商店街を追い出されて営業が……」
「ふむ、時雨の言うことはわかった。じゃがな、わらわの怒りを買うことになるとは考えなかったのかえ?」
「…………」
言葉が詰り無言になった時雨を見たあと、命は二人の鬼神を見てこう言った。
「仕置きをしてやれ」
二人の鬼神は時雨の腕を掴み羽交い絞めにした。そして、命はもう用は済んだと帰ろうとした。
「ま、待ってよ命!!」
「わらわはもう寝る」
命は時雨の顔を見ずにさっさと帰ってしまった。
残された時雨は一人の鬼神に抱きかかえられ、もう一人の鬼神は鞘を握り締め構えた。時雨のお尻は鞘を構えた鬼神に向けられていた。まさか……!?
この日の夜中、静かな境内から男の悲痛な叫びが声が聴こえたのは言うまでも無い。その声は商店街まで響き、何事かと家から飛び出してきた近隣住民は二人の鬼神を見て腰を抜かし大騒ぎをしたという。
鬼を見たものは皆すぐに逃げ出したためにお尻叩かれていたのが時雨だと気付かれずに済んだ。不幸中の幸いとはこのことを言うのだろう。
作品名:旧説帝都エデン 作家名:秋月あきら(秋月瑛)