旧説帝都エデン
戦闘を終えて
帝都病院の院長室にある黒檀のデスクに足を乗っけ、蜿[エン]はふんずり返った格好で椅子に座っていた。
彼の姿は異様な容姿をしていたが、この帝都ではそんなことを気にする奴はいないだろう。街を歩けばこんな奴など腐るほどいる。
彼がどのような容姿をしているかというと、まず、白い白衣を着ている。ここまではここの院長である彼にとって何ら不自然のない普通の格好と言えるだろう。だが、違うのは首から上だ。彼の頭には白いフードが被られその顔には白い仮面がつけられている。手には白い手袋がはめられており肌を露出している部分は一箇所も見当たらない。彼の素顔を見たことのある者はこの病院にはいない。
電話が鳴った。
どうやら内線電話らしいのだが、蜿は受話器を一向に取ろうとしない。めんどくさいのだ。蜿はそういう人間だ。
しかも、今の時刻は朝の7時。朝の弱い蜿の機嫌を害するには申し分ない時刻だった。
しかし、電話の音はいつまで経っても鳴り止まない。もうかれこれ3分は鳴っている。さすがにうるさい。それほどの急を有する大事ということなのだろうか?
蜿は仕方なく受話器に手を伸ばした……のだが、蜿が受話器を取る寸前に電話は泣き止んでしまった。
「クソッ……」
思わずそんな言葉が口からこぼれ出した。
蜿は腕組みをして眉間に皺を寄せた。相当頭にきたらしい。しかし、その表情は仮面の下で起きていることであり、見た目からはそれを感じとることはできない。
それから、1分ほど経ったころだろうか。一人のナースが院長室に飛び込んできた。ナースはノックもせずにいきなりドアを開け、院長室に入り慌てた様子でこう言った。
「大変です院長! 院長の患者が3人も同時に運ばれて来ました」
「ノックぐらいしろ、ボケッ!」
蜿は激怒した。しかし、そんなことにはお構いなくナースは話を続けようとした。それはこんなことはいつものことだったからだ。
「時雨[シグレ]さん、紅葉[クレハ]さん、マナ様が怪我で運ばれて来ました」
この3人の担当医は蜿だったのだ。ちなみにマナだけに"様?が付いているのは本人の"強い?脅迫じみた"お願い?のためである。
「ちっ、何だよ怪我なんてすんじゃねぇよ。怪我するくらいだったら死んでもらった方が楽でいい」
この台詞はとても医者の発言とは思えない。しかし、こいつは本当にここの院長なのだ。
「院長早くしてください!」
ナースの顔には少しさっきより皺が数本増えていた。
「はいはい、すぐ行きますよ」
蜿は重たい腰を上げ、立ち上がると手を上に上げ伸びをしてから、患者の元へと向かった。
3人は院長"専用?の手術室へと運ばれていた。
その部屋の壁には棚があり、そこにはいったい何に使うのかわからない異種異様な薬の入った瓶がずらりと並んでいた。それに金属でできたただの台。部屋にはそれしかなかった。こんな場所を手術室というのだろうか?
その部屋に白い医師が姿を現したのを見て患者が不満を垂らす。
「遅いわよぉん、死んだらどうしてくれるのよぉん」
「全くだ、医師としての自覚があるとは到底思えん」
二人の患者に言い草に蜿は少しムッとした。
「患者は黙ってろ」
たしかに紅葉の言うとおり蜿には医師としての自覚はない。彼がなぜ医者という職業をやっているのかは謎である。
蜿は時雨のことを横目でチラリと見てこう言った。
「時雨は意識がないが……。また、ただの貧血だな」
と蜿は言ったが、時雨の胸元からは大量の出血後があり、服が血で紅く染まり血がかぴかぴに固まっていた。これは”ただの貧血”と言っていいのだろうか?
「血は止まってるみたいだから時雨は後でいいな、レディファーストということでまずはマナ嬢からだ」
蜿はマナに近づくと寝かされているマナの足のつま先に左手をかざし、ゆっくりとその手を頭の先まで移動させた。
「右足が一本、背骨にひびが数箇所、打撲多数に擦り傷いっぱいか……」
そういうと今度は右手をマナの全身にゆっくりとかざしながら移動させていった。
すると手をかざされた箇所の打撲や擦り傷が一瞬にして消えてしまった。
「ありがとねぇん、蜿ちゃん」
マナはそう言うと手を上に伸ばし伸びをした。身体からボキボキという音がするとマナは寝かされていた台の上からぴょんとジャンプして地面に降りた。どうやら足の怪我も治ってしまっているらしい。
蜿は嫌そうな目で紅葉を見た。
「さて、次はこいつか。おい、兄貴どうした? どこが痛い? 言ってみろ」
蜿は紅葉に向かってこの言葉を言った。そう紅葉は蜿と兄弟なのだ。それにしても、この態度はマナに対してのそれとは全く違っていた。
「足のじん帯がやられた。後は自分でどうにかする、それだけ治せ」
「言われなくてもそれしか治してやんねぇよ」
悪態を吐くと蜿は紅葉の足に手をかざした。
「ふっ、後は時雨か……」
時雨は病院のベッドで寝かされていた。
「う、うぅん……」
時雨が目を覚ますと辺りは真っ白だった。それはなぜか? 時雨の顔には白い紙が張られていたからだ。
「なにこれ?」
時雨は顔に張られた紙を取ると、それには字が書かれてあって、こう記してあった。『目が覚めたらさっさと出てけ』と、この字は蜿によって書かれたものだった。
「はいはい、わかりました」
時雨は独り言を呟くと紙をぐちゃぐちゃに丸めゴミ箱にポイして病室を後にして行った――。
病院を出る途中時雨は蜿と出会った。
「なんだ、まだ居たのか健康な奴はさっさと出てけ」
時雨に対してこんな悪態を吐く者などこの帝都には彼以外いないだろう。
「寝てたんだからしょーがないじゃん」
「言い訳は無用だ、今何時だと思ってる、外を見てみろもうこんなに真っ暗だ」
「言い訳じゃないよ」
「おまえがここに担ぎ込まれてから13時間は経ってるぞ」
「はいはい、わかりましたよ、出てけばいいんでしょ」
「わかったなら、さっさと出てけ、今日はおまえらのおかげで3つも仕事をしちまった」
3つも? 時雨、紅葉、マナ、これしか仕事をしていないのに3つもとは相当仕事が嫌いなことがこの発言から伺える。
「じゃあね、バイバイ」
時雨そう言って病院を後にして家路についた。
戦闘を終えて 完
作品名:旧説帝都エデン 作家名:秋月あきら(秋月瑛)