旧説帝都エデン
そう言うとアポリオンは仁王立ちのポーズを取り、全身から邪気を放出し始めた。その邪気は瞬く間に宮殿全体に広がり、周りの空気を全て包み込んだ。邪気は目で見えるものではないが、常人であればすぐに吐き気を催したり、最悪の場合は発狂してそのまま死んでしまうだろう。しかし、ここにいる二人は顔色一つ変えず平然と立っている。そのことがこの二人と常人との格の違いを証明していた。
紅葉を救うにはまず、相手を弱らせる必要がある。それを聞いた時雨は仕方なく、紅葉と戦う道を選んだ。
「マナ、逆刃刀か何か出してくれない?」
マナは異空間の中から逆刃刀を出すと時雨に手渡した。
その光景を見ていたアポリオンは腕組みをすると渋い顔をした。
「二対一かフェアではないな」
そう言ったアポリオンが天に手を軽く掲げると、突如宙に直径2mほどの光の玉が出現し、その中から生れ落ちるように女性が地面に落ち、ゆっくりと足を付けた。
女性を見た時雨の顔つきが一瞬にして変わった。
「君は……」
目の前に姿を現した女性は時雨が怪我の治療をしてあげた?あの女性?であった。
「男、君の相手は彼女にしてもらう」
女性はアポリオンに命じられると哀しげな表情を浮かべた。
時雨は逆刃刀を構えた。そうビームサーベルを持っているのに関わらずあえて時雨は逆刃刀を構えたのだ。
一方マナとアポリオンの戦いはもうすでに始まり、凄まじいものだった。
「さぁ早く地獄を見せてくれないかしらぁん」
マナの挑発でアポリオンの怒りは更にを増した。
「キサマの血を一滴残らず絞り採って殺してやろう」
アポリオンは地面から30センチメートルの所を宙に浮きながら、マナに襲い掛かった。その両手にはフラスコが握られている。
「紅葉ちゃんの技も自在に操れるってことかしらぁん」
マナの魔弾が連続して放たれる。魔弾は横に半円状に並び床1メートルの高さを凄いスピードでアポリオン目掛けて飛んで行った。
アポリオンがフラスコのコルクの蓋をぴんと指で弾き飛ばすと、中から濃い霧が発生し、アポリオンの姿をすっぽりと隠してしまい、その霧に魔弾が直撃する。霧は引きちぎられたように拡散し消滅していく、しかしそこにはアポリオンの姿は無かった。
「――後ろだ」
後ろで声がしたと思った刹那、マナの背中はアポリオンの手刀によって切り裂かれ、血が服を紅く染めた。
マナは痛みをこらえ、瞬時に大鎌を取り出し後ろに大きく振りかぶった。
アポリオンは地面を強く蹴って、大きくジャンプしそれを交わすと、空中から下目掛けてフラスコを投げつけた。マナは瞬時に防護壁を張り巡らせる。彼女の身体は半円状の透明なカプセルみたいなモノに包まれ、フラスコがその防護壁に当たると大きな音を立て大爆発を起こした。立ち込める煙の中、マナは移動しアポリオンとの距離を取り、巨大な魔弾を発射した。
アポリオンはそれを避けられないと見てとって、マナと同じく魔弾を作り出し、それを飛ばして相殺を試みた。
魔弾と魔弾が互いにぶつかり合って、大爆発を起こした。その爆発は凄まじいもので、宮殿全体を大きく揺らすほどだった。
時雨と女性は対峙し互いに見詰め合った。
「あなたは、また私に剣を向けるのですね」
「また?」
時雨は彼女に聞き返した。しかし、時雨はその答えを知っていた。
「狼の姿の時、私はあなたに一度殺されました」
「やっぱりね。でも君は何者?」
「私はこの宮殿を守る者。それが私に与えられた絶対的使命であり、破ることの出来ない絶対的な鉄の楔」
彼女の身体が少しずつ光を持ち始め白い服をゆらゆらと揺らめかせる。その光の中から直径20センチメートルほどの白く輝く光の玉がいくつもいくつも生まれ出るように飛び出し、彼女の身体の周りで停滞している。
その光の玉が30個ほど溜まった時、彼女はその玉を一気に解き放った。
光の玉は水の玉のように揺らめきながら、時雨目掛けて次々と飛んで行く。
「最初会ったときは悪い人には見えなかったのになぁ」
そう言い時雨は飛んでくる光の玉と玉の間を縫うように巧みに避けながら、女性に近づき一刀を喰らわせたのだが――。
時雨の手にはものを切ったときの感触が伝わってこない。確かに時雨の一刀は女性を捕らえていた。しかし、その一刀は女性の身体をすり抜けてしまっていたのだ。
時雨は目を白黒させた。
そんな時雨に女性は風のように近づき、自分の顔を時雨の顔の目の前まで持っていきこう言った。
「今の私に物理攻撃は効きません」
時雨は瞬時に後ろに飛び退き間合いを取り、女性に質問をした。
「どういうこと?」
「肉体はあなたに殺され消滅してしまいました。ですが私の魂魄までは消滅しません」
「じゃあ、最初から肉体なんて必要ないような気がするけどなぁ」
時雨の言う事は至極最もだ。しかし、女性は言った。
「それは違います。肉体の無い私はこの宮殿から出られないのですよ。ですが……」
彼女が突如右手を横に大きく振ったかと思うと、そこから三日月状の白く輝く刃[ヤイバ]が飛び出した。
「今の私は不死身です」
時雨は間一髪のところで状態を後ろに仰け反らせて、刃を避けることができたのだが、時雨が上を見るとそこには光の玉が降り注いで来ていた。
時雨はそれは避けきれず、全てもろにくらってしまった。その数約20、破壊力は一つ一つの玉が20キログラムの鉄球の玉と同じだ。
鈍い音が辺りに鳴り響く。時雨全身の骨は砕けてしまったに違いない、もう彼は動くこともできず苦痛の中を死んでいくだろう。
女性は時雨の元へ歩みより、膝を付き時雨の唇と自分の唇を重ね合わせた。そして、唇をゆっくりと放しこう言った。
「あなたの事は嫌いじゃありませんでしたがこれが運命です」
彼女は自分を覆っている光からナイフを作り出し、時雨の心臓を一思いに突き刺そうと思った瞬間地面が大きく揺れた。
彼女はバランスを崩し床に倒れ込んでしまい、その女性の耳元で誰かがこう囁いた。
「ボクも君のこと嫌いじゃなかったよ」
女性は声にならない悲鳴を上げると跡形も無く消えてしまった。今度は本当に消滅してしまったのだ。
時雨は?輝く剣?を持ち立ち尽くしていた。その姿からは神々しさすら感じられ、その姿をひと目見たものは皆失神してしまうだろう。しかし、帝都の天使の顔は何処か哀しげな表情をしているように見えた。
横目でちらっと時雨を見たマナは直ぐに視線を前方に向けた。
「あっちの方は決着が付いたみたいねぇん」
こっちの戦いのも決着を付けるべくマナは目を閉じ魔力を徐々に解放し始めた。
マナの身体は光に包まれ、少しずつ上へと上昇していく。
彼女の身体が地面から約2mの所に到達した時、彼女の目がカッと開かれ音も無く敵に向かって接近しながら、その身体からは無数の光の線がまるでビームのようにアポリオン目掛けて発射された。
作品名:旧説帝都エデン 作家名:秋月あきら(秋月瑛)