旧説帝都エデン
「時雨ちゃ〜ん、逢いたかったわぁん」
派手な衣装着た人物――マナは時雨に抱きつきそのまま押し倒してしまった。
「……重い」
バシッ!! 時雨はマナの強烈な平手打ちを喰らってしまった。
「痛っ!」
頬に手をやる時雨に対してマナが激怒した。
「レディに向かって重いだなんて言うなんてデリカシーのカケラもないわよぉん、以後気をつけなさい!」
「だってホントに重……」
何かを言おうとした時雨の目の前には平手打ちの構えをしたマナが立っていた。それを見た時雨は蒼い顔をして思わず身動きを止めた。
「時雨ちゃん、今なんて言おうとしたの?」
「お、おも、思わず、マナに抱きつかれてビックリしちゃたなぁ、あははは」
苦しい言い訳だった。
「まぁ、いいわぁん、ゆるしてアゲル」
「あ、ありがとうございますマナ様」
時雨の顔は少し引きつっていた。そして、彼は直ぐに話題を変えようとした。
「と、ところで白い民族衣装みたいなの着た若い女性見なかった?」
「見てないわよ」
「おかしいなぁ」
「その女性がどうかしたのぉん」
「さっき、向こうで会ったんだけど、その人足に怪我してて、手当てしてあげたらいつの間にか居なくなっちゃって――。そっちは何か変わったことあった?」
「向こう側で八つ裂きにされた死体を見たわぁん、それとビデオカメラが落ちてたわぁん」
「そのカメラに何か写ってるかも、見に行こう」
二人はその場所に移動することにした――。
程なくして二人はあの場所に着いた。そして、無残な光景を目の当たりにした時雨はこう言った。
「すごい大惨事って感じだなぁ」
間延びした時雨の言い方からはあまり大惨事という感じは受け取れない。やはり、時雨の神経は一般人の感覚からズレているのかもしれない。
マナが地面に落ちているカメラに向かって指を指した。
「そこに落ちてるのがそのカメラよぉん」
時雨はしゃがみ込んでそのカメラ手に取って見てみた。
「小型のハンディーカムか、テレビショッピングで見たことあるよ。たしかその場で撮った映像が見れるやつだったと思ったけど……壊れてないみたいだし見れそうだね」
「じゃ早く見てみましょ」
「うん、見たいのは山々なんだけど、ボク機械にはうとくて」
時雨はそう言いながら、乾いた笑いを発した。
マナはガクっと肩を落とし細い目をして遠くを見つめると、ある人物のことを思い出した。
「……はぁ、こんな時に紅葉ちゃんがいてくれたら」
獣の血痕を頼りに歩いていた紅葉だが、その血痕もいつしか消えてしまっていた。
「逃がしたが……まぁ良い、その代わりにこんな所に出られたのだからな」
紅葉は目の前にある石でできたシンプルな作りの宮殿を微笑みながら一望した。
石でできた階段を登り、宮殿に入ろうとした彼の目に、門番のように気高く立っている石の彫像が映し出された。
「あの狼に似ているな。ここの守り神か何かっだったのか……」
紅葉の行く手に大きな門が立ちはだかった。
その門には鍵穴があり、もしやと思った紅葉はさっき回収した鍵を差し込んでみた。すると門は紅葉の手を借りずに自動的に左右に開いた。
紅葉は門を潜り宮殿の奥へと進んで行った。
宮殿の内部は大きな柱が何本か立っていて、奥には祭壇があり、そこには杯が祭られている。シンプルな造りで静かで荘厳な雰囲気が感じ取れるのだが、それとは別に何か殺伐とした空気も充満していた。
祭壇に近づきた紅葉は杯に興味を何故かそそられた。そして、それを手に取りまじまじと眺めた。
「聖杯か何かの類か……ん?」
紅葉が杯の底を眺めていると、底の方から紅い液体がふつふつと湧き出してきた。
「血の香がする、血の湧き出る杯か。邪教崇拝の神殿か……な、なんだ!?」
紅葉の左手が突如自分の意思とは関係なく勝手に動き始めた!
「くっ、なんだ、これは!?」
杯を持った左手は、紅く泡を吐く液体を無理やり紅葉に飲ませようとした。
紅葉は必死に抵抗するが、やがて彼の身体の自由は全てきかなくなり、ついには紅葉は杯の中身を全て飲み干してしまった。
「私とした事が……」
白い麗人が揺らめいた。
バタン!! 紅葉の意識は薄れていき、彼は身体は床に倒れ込んでしまった。
ハンディーカムを見下げながら腕組みをする時雨は少し考えた後、ある決断をした。
「見れないんじゃしょうがないから、場所を移動しよ」
「そうねぇん、紅葉ちゃんを探しに行きましょう」
あっさりと二人はカメラに写った映像を見ることを断念し、紅葉を探しに行くことにした。
紅葉を探し歩くこと数分、二人は石でできた宮殿を一望していた。
時雨は目だけを軽く動かし宮殿を見回すと深い息をついた。
「何か、この遺跡の最重要ポイントって感じだね」
「もしかしたら、この中に紅葉ちゃんがいるかもしれないわねぇん」
「だといいけど」
この時、時雨には何だかわからないが、もやもやした嫌な感じのモノが胸の中で増幅していた。
二人が石段を一歩一歩上がって行くと、そこには大きな門があり、その左脇には大鷲、右脇には大狼の石像があった。
時雨の足が扉の前で止まる。
「扉の向こうに人の気配がする」
「紅葉ちゃんかしらぁん」
時雨は扉を開けようと力いっぱい押してみた。しかし、扉はぴくりとも動かない。
「開かないよ、この扉」
「時雨ちゃんここ」
マナは扉に付いている鍵穴を指差した。
「鍵が必要なのかぁ」
「時雨ちゃん、ちょっと退いて」
時雨が扉から離れると、マナは両手に魔力をいっぱいに溜め扉に向けて撃ち放った。すると、扉に当たった魔弾はスポンジに垂らした水のように扉に吸収され消えてしまった。
扉に魔弾が吸収されてしまったのを見て、マナは一直線に扉に向かって行って、扉をコンコンと叩いてみた。
「……オリハルコンでできてるみたいねぇん」
オリハルコンとは錬金術でのみ作り出すことのできる金属で、純粋な状態では金よりも軟らかく、合金にするとプラチナよりも硬くなり、ひんやりと冷たいのだが、金属全体からオーラのような揺らぎが立ち上り、軽さはアルミよりも軽く、他にも色々な性質を持ち合わせており魔道具としてよく持ち要られるのだが、その性質の中に魔法を無効にしてしまうという性質があり、マナの魔法が扉に吸収されてしまったのはこのためであろう。
時雨は石段に座り込んで、両頬に手を付いた。
「鍵見つけなきゃいけないのかぁ」
時雨はコートのポケットに手を突っ込むと緑茶のペットボトルとパッケージングされた塩せんべえを取り出した。
それを見たマナはおなかに手を当てて、何かを思うように上を見上げた。
「そろそろディナーの時間ねぇん」
マナはそう言うとディナーセットを魔法で異空間から取り出した。
マナの出したディナーセットのセット内容は、テーブル(このテーブルには白いテーブルクロスがかけられている)、オートクチュールっぽい豪華な椅子、銀食器(皿は料理と一緒に出すのでこの場ではまだ出ていない)。
マナは腰に手を当てて何かに対して頷くと、椅子に深く腰掛けた。
「はぁ、立ちっぱなしで疲れたわぁん。まずは食前酒を頂こうかしらぁん」
作品名:旧説帝都エデン 作家名:秋月あきら(秋月瑛)