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短編集21(過去作品)

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走馬灯



                  走馬灯



「うぅ、頭が痛い」
 気がつけば声に出していた。目を開けてもそこはまっくらな部屋、私は眠っていた。今夜だけで何度目が覚めたことだろう。ここ最近寝ていても頻繁に目が覚め、その原因は頭痛によるものだった。
「肩が痛い」
 頭痛の原因はいろいろあるが、肩凝りからも来ていることは間違いなく、ここ数日は肩凝りも気になるようになってきた。
 病院に行った方がいいのではと寝ている時には思うのだが、目が覚めてしばらくすると自然に痛みが引いていることから、今まで行くこともなかった。目が覚めてくるにしたがって引いていく痛み、今までには感じたことがなかった。
――痛みこそ夢で見たんじゃないのか――
 とも考えたのは最初で、最近はその痛みが頭の中に残っている気がしている。身体を起こし、朝の活動を始めると自然と忘れていくのだが、仕事が一段落して落ち着いたりすると、一瞬思い出すこともある。そんな時にでも病院に行けばいいのだろうが、そう考える間もなく、痛みは消えている。
――都合がいいのか悪いのか――
 何とも分かりにくい痛みである。
 病院通いに違和感はない。最近まで毎日のように病院通いをしていたからで、いまだに完治はしていないが、やっと普通の生活を送れるようになったことで、両親をはじめ、まわりの人たちも安心していた。
 あれはいつのことだったのだろう。私に分かるはずはないのだ。気がつけば普通の生活に戻っていた。
 不安がないわけではない。普通の生活がどんなものか、それすら最近まで分からなかったような気がする。今でこそ、その不安はほとんどなくなり、普通の生活、つまりまわりの人が安心できる生活をしているが、それが果たして以前のような「普通の生活」だったのか疑問である。
――まったく違う人間――
 一抹の不安がよぎることがある。
「修司、あなたは何も心配しなくてもいいのよ」
 と、付き合い始めて間もない和子は言う。
「心配なんかしていないさ」
 と、答えてはいたが、彼女のいう「心配」が何のことなのかピンと来ない私にとって、その言葉は却って私を不安にさせるのだ。
 目が覚めた時の不安はそれだけではない。目が覚めてすぐに感じる不安感、そこには暗闇の恐怖の他に以前に感じたことのある不安感がよみがえってくる。あれは夢だったのではないかと思う中、次第にはっきりしてくる景色の中に、両側に薄っすらと白く靡いている白いものが恐怖を誘うのだ。
 記憶の中でその時の光景がよみがえってきて、
――まるで時間を逆行したのでは?
 と思えるほど、記憶の中で鮮明になってくる。
 その時の私は間違いなく恐怖に震えていた。白いものが何であるかなど分かりもしないのに恐怖を感じていたのは、臭いを感じていたからかも知れない。それだけでもその時のことが夢ではなかったことを裏付けている気がするが、それにしても朦朧とした意識の中で、よく嗅覚だけが働いたものである。
 その臭いがアルコールのようなものであると分かると、白いものの正体が分かった気がした。
――ここは病院なんだ――
 分かってしまうと少し不安が遠のいていくと思ったのだが、なぜか意識がはっきりしてくるにしたがって、さらに不安が大きくなっていくのを感じていた。
――なぜなんだ?
 しかしその不安はすぐに解消した。だが、不安がなくなったのは、その余裕がなくなっただけで、少しも状況がよくなったわけではない。それどころか、さらに意識が遠のいていくのではないかと思えたのだ。
 白いものがある程度確認できた時に感じたのは、密閉されたという感覚である。すると自分の頭に圧迫感を感じた。それが最初に感じた感覚だったような気がするが、次の瞬間次第に締め付けられるのを感じた。
――孫悟空の環っかみたいだ――
 確かにそう感じた。痛くて余裕がないにもかかわらず、、よくそれだけのことを感じたこと、そしてそれを覚えていることは、自分でも信じられない。
――そういえば、以前に感じた頭痛に似ている――
 最初は、まさか頭痛の元だなどと思いもしなかった。明るいものを見た時に瞼の裏に残る残像を、目が開いている時に感じたのだ。それも明るいところを見たという覚えもないのにである。目の前を、まるでクモの巣が張ったかのようにモザイクが広がっていき、焦点を合わせて見ることができなくなっていた。立ち眩みのような安定感のなさが身体を襲い、少しでも動けばそこから谷底にでも沈んでいくような感じで、余計に身体がすくんでしまっていたのだ。
 止まっていた時間が動き出した時、どれくらいの時間が経っていたのか見当もつかない。クモの巣が剥がれ出すと視界が晴れてくるのだが、いやな予感に苛まれる。
 いやな予感がどこから来るのかは、またしても臭いで分かるのである。まるで石をかじったような味気なさが、そのままの臭いとなって鼻を突く。次第に頭の一部が痛みはじめ、どこが痛いのか分からなくなるほど瞬時に痛みが広がっていく。その勢いが、孫悟空の輪っかというイメージとなって感じることなのだろう。
 どこが痛いのか分からないほどきついことはない。たぶん、本当に痛い部分は麻痺しているからなのだろうが、触って分かるものでないほど内側から痛み出すので始末に悪い。
 あまりの痛さに熱を持っているのだろう。それも絞めつけられているのかが分からないが、きっと鏡を見るとさぞかし顔が赤くなっているに違いない。
 まるでリンゴの皮のようにスベスベしているが、その実破裂しそうな形相は、まさしく断末魔の様相を呈しているのかも知れない。
 それが収まってくることは分かっていた。数分の辛抱であることも分かるのだが、次第に意識がしっかりしてくるにしたがって頭痛という意識とともに、嘔吐を催すようになってきた。気持ち悪さが表に出てきて次第に頭痛はひいてくるのだが、これがこの時の二次障害とも言える苦しさだった。
 呼吸もままならないそんな状況で、またしても意識をはっきり持てなくなっていく。はっきり持つことが苦しくなってしまうのだ。
 それが収まって初めて自分に安息がよみがえる。完全に体力は消耗しているのだが、意識が戻ってくることによって、すっきりとした頭になってくることに気付くのだ。
 その記憶が夢から覚める時にいつも付きまとっている。夢を見ていなかったのではないかと感じる時でも同じ感覚の時は、
――見ていなかったように感じるだけで、実際は見ていたのかも知れない――
 と思うのだが、それもまんざらではない気がして仕方がない。
「修二、あなたが好きだった料理を今度作ってみるわね。私初めて作るのよ。お口に合うかしら?」
 そう言って微笑む和子の表情は、私の記憶の奥にあるものだった。最近和子のそんな表情を見るたびに、記憶の奥にある顔とダブっている。
 記憶の中にいる和子はいつも私に微笑みかけている。その表情は何度となく夢に見たものではあるが、どこか微妙に違っている。
作品名:短編集21(過去作品) 作家名:森本晃次