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短編集21(過去作品)

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 はっきりとは断定できないが、初めて女性というものを意識したとすればその時だっただろう。モノクロではあったが、西日が差し込んでくる教室で、先生の顔がやけにクッキリと浮かび上がっているのが分かった。赤く塗られた唇だけが、ハッキリとした色を保っていて、とても印象的だったのだ。
 今、忠文はそのことをハッキリと思い出している。そこから続く色、口紅の鮮やかな色、それが「女性の色」として認識していたのだ。
 久美に同じ思いを感じたのは当然のことで、その思いのどちらが強かったかは今となっては思い出すことはできない。しかしその時々が「最高」だったに違いない。ひょっとして、久美との一夜もなるべくしてなった一夜なのだが、忠文の中に小学校時代の女教師のイメージがあったことは間違いないだろう。
――過去の記憶をここまで鮮明に思い出したことなど、今までにはなかった――
 夢の中で見ていたのかも知れないが、夢から覚めるとすっかり忘れている。それはごく自然なことで、当たり前だと思っていた、しかしこうやってハッキリと思い出してみると今までに結構夢で見ていたのではないかと思えてくる。
――夢とは潜在意識が見せるもの――
 というが、潜在意識を思い出させるのも夢なのかも知れない。思い出したいことであればあるほど、覚めてから忘れていくのは夢の不思議なところであろう。
 目が覚める時に激しい頭痛に襲われる時がある。きっとそれは忘れたくない夢を必死に意識として持とうとして、その葛藤が頭痛となって現れるのではないか?
 忠文にとっての夢は、過去を忘れたくないという夢の中の自分を見ようとするものなのかも知れないと感じていた。
――夢というものは色がない――
 起きてからいつも感じることだが、それは忘れてしまったからではないだろうか。そう考えるなら、忠文の見ている夢は、一体何色なのだろう?
――赤か? 青か?
 その答えを探しに出た旅なのだ。
 久美のことも思い出すのだが、それは女教師のことが頭にあるからなのかも知れない。
――真っ赤な唇――
 はっきり思い出すことができる。何となく薄気味悪く歪んだ唇から、今思えば妖艶な、そして怖い感じが頭に浮かんでくる。
 久美との、あの一夜をともにした後、忠文に二度目はなかった。何度かデートを繰り返したのだが、久美にその気がなかったのだ。
「別れましょう?」
 久美の方から言い出した。
「ええ?」
 晴天の霹靂のようにも思えたが、内心覚悟がなかったわけではない。次第に遠ざかっていくような態度は忠文にも見て取れたからだ。
「なぜだい?」
 平静を装いながら聞いてみる。
「あなたは私を見てないのよ。しかも何かに怯えているようだわ。最初のあの一夜の時に私は感じたの。でもそれが何なのか、結局分からなかったわ」
 言葉に詰まることなく、ハッキリとした口調で久美は話した。
「分かっていれば別れない」と、言いたげだ。
 何とか「より」を戻そうと努力をしてみたが、一旦離れた女性の気持ちを取り戻すことは無理だった。それも分かっていた。頭でだけではなく、身体が覚えているような気がするくらいにである。
 その時のことが忠文に深く根付いているのか、その後付き合った女性とも長続きしなかった。ほとんどの女性と身体を重ねてきたが、それが最後でもあったのだ。
「あなた、トラウマを持っているわ」
 ハッキリ言ってのける女性もいた。ショックではあったが忠文には分かっていたのかも知れない。
 しかし、そのトラウマが何のことだかハッキリすることはなかった。ただ、女性と身体を重ねた時に感じる思いは、久美とのあの一夜と何ら変わりのないものだった。
――今なら分かるような気がする――
 小学校のあの時、女教師の顔をまじまじと見ていた。妖艶に歪む赤い唇、今ならハッキリと思い出すことができる。
――あれがトラウマだったのだ――
 忠文は思い出してきた。
――あの時の私の心は弱かったのだ。そしてそれがトラウマになったのだ――
 その弱い心につけ込んできた女教師、今から思えば彼女も弱かったのかも知れない。その時の忠文は金縛りにあっていた。女教師のなすがままに身体を蹂躙されていた。それがトラウマにならずしてどうなるというのだ。
 しかし、もし初めて「母親の羊水」を感じたのがその時だったのであれば、忠文の心の中に一番大きな足跡を残したのはその時の女教師なのかも知れない。
――忘れようとしても忘れられない女性――
 それが彼女なのだ。
「私を見ていないのよ」
 と言っていたのは、忠文が女教師を今までの女性たちに見ていたからであろう。しかもその見ていた忠文は「もう一人の私」なのだ。
 「もう一人」の私は、たまにしか出てこない。小学生の頃のあの時、久美とのあの一夜、そして今ここで……。
 心の中に「隙」がある時に現れるのであろう。
 気がつけば、車内に差し込んでいた西日が真っ赤に燃えていた。夕焼けが差し込んできているのだが、忠文が探していたのは、この景色だったのかも知れない。これを感じることによって今まで自分の探していた「青く遠い空」がいつも自分のそばにあったことに気がついたのだ。
――私に宿ったトラウマを解消することができるかも知れない――
 そう感じる忠文の顔は、夕日に照らされて真っ赤に染まっていた。
「もう迷うことはないんだ」
 声に出して言ってみる。
――赤と青が交差したのだ――
 奇しくも今日は忠文の誕生日、満四十歳を迎えていた。そう、もう迷うこともないだろう……。

                (  完  )

作品名:短編集21(過去作品) 作家名:森本晃次