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短編集21(過去作品)

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 そう言って少し俯いた彼女の表情は綺麗だった。
「お名前窺ってませんでしたね? 私は梅宮といいます。梅宮弘樹です」
「私は聡子、吉澤聡子っていいます」
「聡子さんは、これからもずっと九州におられるつもりですか?」
「親戚は関東におりますので、いずれ関東へ住もうかと思っていたんです。今はまだ亡くなった主人の家の近くにおりますので」
「そうですか、関東に来られる時は、ぜひ私をお尋ねください」
「ええ、そうします。あなたといると何だか、ホッとした気分になれますね」
「ありがとう。少しでも一緒にいて、そう感じてくれれば嬉しいです」
 聡子のいう「ホッとした気分」とは、どんなものだろう? 学生時代にも同じことを言われたことがある。それも一度や二度ではなく、別の人からだった。
「お友達として、ずっと一緒にいてほしい感覚があるわね。きっと年を取っても、縁側でお茶と飲みながらお話できるような気がするわ」
 そう言って笑った女。そして、
「あなたがいないと、私はダメなの。あなたのそばでずっと、ホッとした気分でいたいのよ」
 という女もいた。
 後者は私を好きになってくれた女性で、付き合い始めから、そんなテンションだった。今から思えば私が完全に振り回されていたようにも思う。良子に感じた思いを思い起こさせたが、それがいけなかったのかも知れない。
「あなたは私の後ろに誰かを見ているのよ。私はそれが口惜しい」
 と言って、私の前から去っていった。良子に言われた、
「あなたは一人でも生きていける人」
 という言葉を思い出した。良子と付き合っていた頃の私は、希望と不安に頭が溢れんばかりだったように思う。学生時代というのは、そういうものだ。期待や希望と不安が渦巻き、どちらが重たくなるかで心境がコロコロ変わる。そんな不安定な時期なのだ。
 そんな時に私はもう一人の自分を感じた。
――ひょっとしたら、良子はもう一人の私に気付いているのではないだろうか――
 と感じた。私もハッキリと分からないもう一人の私を見て、良子は私に、
「あなたは一人でも生きていける人」
 と感じたのだろう。
 前者の女性とは、今でもずっと付き合いがある。
「男女の間で友情が存在するだろうか?」
 友達とこの話題で盛り上がったことがあったが、私は二つ返事で、
「もちろん、存在するさ」
 と答えた。
 彼女はそんな女性である。確かに女性として見てしまうと、おかしな感情が沸き起こり、身体が正直になることもあるだろう。しかし、それと友情は別なのだ。身体を重ねたからそこで付き合いが終わってしまうとは考えたくない。私と同じ考えを持った女性もいるに違いない。
 聡子は私にとって、どっちの女性だろう?
 どちらかに決めなければいけないのだろうか。まだ出会ったばかりなのに、頭の中は聡子のことでいっぱいだ。
 女性のことで頭がいっぱいの時、いつもであれば、もう一人の私が現われていた。しかし今日は一向に現れない。現れることで結論が導かれることもあったが、その時ばかりは今考えている自分を信じることが最良だと思っていた。
 何か結論が出そうな気がする。乾いた唇に震えを感じ、一声発しようとするが、喉がカラカラに渇いていて、思ったように声になっていない。
「これからのあなたの時間、この僕が増やしてあげよう」
 聞こえただろうか?
 声になっていないことがよかったのか、すぐに恥ずかしさで顔から火が出そうだ。今日会ったばかりで、こんなキザな言葉が口から出てくるなんて……。
 私は歯の浮くようなセリフは苦手な方だ。しかし自然に出てきたこの言葉、いろいろ考えていたのがバカみたいに、ごく自然に出てきた言葉だった。
 男と女が恋人同士になったと考えるのは、一体いつからだろう?
 きっと、これがその答えなのかも知れない。
 付き合い始めたわけでもない。確かに一目惚れというのを信じる私だったが、ここまで相手を恋人として意識したことはなかった。相手の性格をある程度まで理解しないと、好きになることのなかった私である。
 空を見上げれば、見たこともないほどの大きな月が、綺麗なレモン色で私たちを見つめていた。

「ねえ、あなた。昨日病院に行っていたんだけど」
「大丈夫なのかい? どこが悪いんだ」
 妻の聡子は恥ずかしそうに俯いたままモジモジしている。
 その日は私が、聡子を誘って夕食を外食にした日だった。
 私たちはあれから付き合い始めていた。遠距離恋愛からの始まりであったが、聡子が半年もしないうちに東京に移り住むことで、交際が本格的にスタートした。
 私たちの結婚に、障害らしい障害もなく、聡子が未亡人であるということも、私さえ気にしなければ、何の問題もない。もちろん、そんなことが問題になるはずもない、最初から聞いて分かっていることだから。
 たまに聡子が私に言うことがある。
「ごめんなさい。今でも時々、亡くなった主人の夢を見ることがあるんです。幸せな家庭を築いている夢なんです」
 私も黙っていたが、実は良子と結婚して幸せに暮らす夢を時々見ていた。
 しかし、それは悪いことではないと思っている。なぜなら夢の中で幸せそうな私は、もう一人の私なのである。夢という形で客観的に見るから、夢の中の男が私でありながら、性格がまったく違う私であると分かる。
――今、夢を見ている私では、きっと良子とはうまく行かないだろう――
 と考えている。そういえば、
「最近のあなたは、落ち着いてきたのかしら? 時々、分からなくなることがあったんですけど、そんなことがなくなったわ」
 と言って、私のプロポーズを受け入れてくれた聡子。何を隠そう、私も聡子にプロポーズしたのは、聡子の中から亡夫の影が消えたと感じたからだ。恋人から、生涯の伴侶として見方が変わった瞬間であった。
 きっと聡子も同じ思いだったに違いない。
 生涯の伴侶を見つけた瞬間というのは、もう一人の自分がいなくなった時なのかも知れない。お互いに好きになるとは、相手しか見えなくなった時。私にはハッキリとその瞬間が分かった。
「聡子、ひょっとして……」
「ええ、そうなの。あなた、喜んで」
 聡子の顔には、もう恥ずかしさはない。お互いにもう一人の自分が抜けて、気持ちがひとつになり、そして生まれてくるだろう新しい命。これからは、二人でいればいるほど、素敵な時間が増えていくことを、私は楽しみにしている。
 レストランからの帰り道、空を見上げると、綺麗なレモン色をしている大きな月が、今にも手が届きそうだ。尾道で見た、あの月のような……。

                (  完  )

作品名:短編集21(過去作品) 作家名:森本晃次