Journeyman Part-1
2.決断
「おお、リックか、随分と遠くまで電話をかけてきたもんだな、料金がバカにならないぞ」
「いいんだ、相談したいことがあるんだ」
「大切な相談と言うわけだな? いいぜ、何でも訊けよ」
リックが電話したのは、東京のプロ野球チーム・シーガルズに在籍しているジョシュ。
幼馴染のジョシュは野球でプロになり、メジャーにまで昇格したピッチャー、そしてリックと同様『ジャーニーマン』でもある。
ジョシュは目を見張るような速球も多彩な変化球も持っていない、彼の持ち味は低目を丁寧に衝くピッチングだ、そして、シーズンを通して先発ローテーションの一角として起用し続ければ7~8勝が期待できるが、負けはそれを2つ3つ上回る、そんなピッチャーなのだ。
メジャーリーグでもサラリーキャップ制が採られている、優秀なピッチャーを予備にベンチに置いておくことなど無理な話だ、だが、故障やスランプでローテーションの一角が崩れ、代わりに起用した若手の伸びもいまひとつと言うケースはままある、そんなチームにとって重宝なのがジョシュのようなピッチャーなのだ。
華々しい活躍は期待できないまでも、6回くらいまで試合を壊すことなく投げ、リリーフ陣に過度の負担をかけることもなく、最終的に負けが少し上回ったとしてもシーズンを通してローテーションを守ってくれる、そんなピッチャーは必要だが、主力が復帰したり若手が伸びてきたりすれば用済みになる……リックと同じだ。
ジョシュはリックと同い年だから34歳、少々スピードが落ち、メジャーでは通用し難くなって来て、昨年東京シーガルズに移籍したのだ。
昨年、東京でのジョシュの成績は12勝10敗、大活躍とまでは行かないが、助っ人ピッチャーとして合格点の成績だ、そして今年も残留が決まり、今はキャンプインに備えてトレーニング中、日本での二年目のシーズンをより良いものにする為にこの時期から既に日本で過ごしているのだ。
「東京での生活? 心配する事は何もないよ、お前ならな」
ジョシュは明るい調子で太鼓判を押した。
「俺ならって、どういう意味だ?」
「夜な夜な遊びに繰り出さなくちゃいられない手合いには問題もあるってことさ、オールナイトで開いているナイトクラブはないからな」
「まあ、確かに俺にはそれは必要ないな」
リックは飲めないわけでもないが、ナイトクラブで騒ぐより静かに読書したり映画を見る方が性に合うのだ。
「食い物に関しても心配はないよ、それこそ何でも揃ってる、もし急にアフリカ料理を食いたいと思ってもちょっとスマホを検索するだけでOKだ、マックやケンタッキーが食いたくなってもそこら中にあるよ、もっとも、俺は和食を勧めるがね、食生活を日本式に改めてから体調が良いんだ」
「東京は交通渋滞が激しいと聞いたが」
「それは確かにそうだな、だけどそもそも車の必要があまりないんだ、鉄道網はきめ細かく網羅されているし、驚くほど時間に正確だ、治安も全く問題がない、6~7歳の子供が一人で電車に乗って通学してるのを見た時は目を疑ったよ」
「言葉はどうだ?」
「確かに一般的に日本人は英語を話せないな、だけどそう不自由は感じないよ、カタコトの日本語でも日本人は面倒がらずに聞いてくれるし、そもそもゆっくり一つ一つの単語を区切るように話せば英語を理解できる人は沢山いる、日本はほとんど日本人ばかりだから英語に親しむ機会が多くないんでヒアリングは不得意なんだ、だけど単語や文法は学校で教えてるから聞き取れさえすれば理解できるんだよ、スラングは通じないがね」
「そうか、生活面での問題はなさそうだな、それと、これが重要なんだが……日本でスタジアムは満員になると思うか?」
「う~ん、そいつは俺にもわからないな、ただ、日本人は概してアメリカの文化は好きだよ、NFLのチームが日本にできて公式戦が見られるとなれば話題になる事は間違いない、滑り出しは大丈夫だろう、問題は目新しさが薄れて来た時だな、その時チームが好調なら定着するかも知れないし、連戦連敗だとスタジアムが寂しいことになるかもしれないな」
「なるほど……良い試合を見せなければ失敗するかも知れないと言うことだな?」
「そういうことだ……俺に日本の事を訊いて来たという事は、サンダースか?」
「ああ、誘われてる」
「良いな、お前が東京に来ることになれば俺も嬉しいよ、いつ決まる?」
「一週間以内に返事をすることになってる」
「決めるのはお前だが、俺は東京で待ってるぜ」
「ああ、色々とありがとう」
「お安い御用だ、東京で会えると良いな」
どうやら日本での生活に心配するような事はないようだ。
だが、日本でのNFLの定着と言う点では懸念が残る。
既存のスタジアムが使えるのだから、機構側はダメならまた移転すれば良い位に考えているのだろうが、初めて日本に創設されるチームの選手となるのであれば是が非でも成功させたい。
NFLに新規加入したチームは多々あるが一年目から成功したチームはない、サンダースだって条件は同じ、移動距離が長い分不利かもしれない。
ドラフト権は一番か二番を与えられるだろうからスタープレーヤー候補を指名する事は出来る、しかし、クォーターバックはチームの攻撃面での顔、それが俺のようなジャーニーマンで良いのか? キャリアの晩年を迎える大ベテランだとしても、鳴り物入りで迎えて貰えるスタープレーヤーの方が良くはないのか?……いや、あの辣腕GM、ジム・ブラウンのことだ、何か考えがあってのことなのだろう。
「リック・カーペンターですが」
「おお、リックか? 良い返事を聞かせてくれるのかな?」
リックは一晩考えてからジムに電話をかけた。
ジムの考え次第で返答するつもりだった。
自分がアメリカを離れることになれば両親は寂しがるかも知れないが、どのみち自分はジャーニーマン、今だってトレーニングキャンプからシーズンにかけては会えないのだ、たいした違いはない、自分には妻も子もないから引越し先が地球の裏側だろうと何の問題もない。
返事の決め手は現役を続けるためのモチベーション、引退の二文字も頭をよぎっているだけに、モチベーションがなければ碌なシーズンにならないだろうと思う。
夜遊びやギャンブル、女遊びと言った浪費とは縁が薄いから既に一生をのんびり快適に過ごせるだけの蓄えはある、既に下降線を辿りつつあるキャリアを、新天地での失敗で終わらせたいとは思わない、それくらいなら今すぐ引退を決意した方がマシというものだ。
だが、NFLとしても新天地となる日本で成功したならば、最高の花道となることも間違いない。
「返事の前に、一つ訊かせていただきたいんですが」
「何でも訊いてくれ」
「どうして俺なんです? 新設チームならば著名なベテランも取れるでしょうし、ドラフトで有望なのを指名することも出来ますよね? 俺は中途半端なような気がしますが」
「中途半端ではないよ、少し失礼に当たるかもしれないが、丁度良いんだ」
「丁度良いとは?」
「正直に言おう、ドラフトではティム・ウィルソンを指名するつもりでいる」
「なるほど……あなたらしいかもしれませんね」
作品名:Journeyman Part-1 作家名:ST