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Journeyman Part-1

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 一方、エースクォータバックが負傷してしまい、我慢の1年を送らなければならないといったチームにとって、リックは魅力的な選手だ、悲惨なシーズンを送らずに済む。
 それまでのエースに代わって期待の新人を獲得したばかりのチームにとってもリックは魅力的だ、サイドラインからリックの冷静な状況判断を学ばせることで成長を促すことが出来る。

 超一流ではないが、そこそこの成績は期待できる。
 卓越した能力があるわけでもないが、若手の手本となることは出来る。
 リックを見にスタジアムに足を運ぶ観客は稀だが、ゲームを壊さず観客をスタジアムにつなぎとめておくことは出来る。
 それがリックと言うクォーターバックなのだ、そしてそれらは『ジャーニー・マン』の要件にぴたりと一致する。
 ある時期に必要とされて移籍し、用済みになればまた次のチームに移籍する、毎年のように所属チームが変わる、それ故に『ジャーニー・マン』なのだ。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 そのリックもプロ生活12年、34歳になる。
 この1、2年は肩の衰えを感じ始めているし、身体のあちこちに古傷も抱えている、放浪の生活にも疲れを感じ、毎年のように居住地が変わるせいもあって未だに独身でもある。
 今年プレーしたのはシカゴ、寒さの厳しいシカゴでは古傷の痛みに悩まされ、12年で最低の成績しか残せなかった、このオフにシカゴとの契約は切れるが、シカゴからの再契約の話も、別のチームからのオファーもまだない。
(そろそろ潮時かな……)
 そう考え始めていた頃、一本の電話が入った。

「ハロー、リック・カーペンターですが」
「久しぶりだな、リック」
 声の主が誰なのかはすぐにわかった。
 12年前にリックをドラフトリストに入れた人物、当時ランダースGMだったジム・ブラウンだ。
 3年目のリックがスターターに抜擢されたのもヘッドコーチがジムの助言に耳を傾けたからだったことも知っている、その意味では恩人だ。
 しかし、ウィルが成長してリックを追い越すと、迷わずリックをカットしたのもまたジムだ。
 恩人ではあるが、それは結果に過ぎない、ジムは常にチームにとって何がベストなのかを考え、私情を挟む事はない……プロとして当然の態度だが。
 それにしても、今頃ジムからの電話とはちょっと解せない、ジムは名GMとしてランダースの黄金期を築き上げ、3年前、70歳になったのを契機に勇退したのだ。

「トウキョウに新しいチームが出来るのは知っているな?」
「ええ、勿論」
 それはこの数年、NFLでは大きな話題になっている。
 NFLはこの10年ほどロンドンで毎年公式戦を行って成功を収めて来た、その成功を受けてロンドンに新チームを作るに当って、リーグのバランスを取るためにもう一チームの創設が検討された。
 メキシコシティ、ワイキキ、トロントなどが候補に上ったが、最終的に白羽の矢が立ったのが東京だったのだ。
 日本ではまだアメリカンフットボールはメジャーなスポーツとは言い難い、確実に成功を見込めるロンドンと違って、ある意味ギャンブルではある、しかし、市場の大きさは魅力であり、アジアに市場を広げる第一歩としても東京は好適だ。
 チーム名は東京サンダース、フランチャイズは東京郊外・調布市の東京スタジアムに置かれる事も決まっている。
 収容能力は約5万人、NFLのスタジアムとしてはやや物足りないし、2001年完成だから飛び切り新しくもないが、良く整備されたスタジアムで、サブグラウンドでは大学の公式戦が行われるのでフットボールには馴染みのある土地柄、そして東京では都心よりも郊外に人口が多いから、主に日曜日に試合が行われるNFLには好適なのだ。

「それが何か?」
「サンダースのGMに就任することが決まってね」
「それはおめでとうございます、しかし3年前に引退されたのではなかったですか?」
「ゼロから新チームを作り上げる魅力に勝てなくてね」
「相変わらすフットボールを溺愛されているんですね」
「こうなるともう性(サガ)だな」
 電話の向こうから笑い声が聞こえた。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 サンダースは東京にフランチャイズを置く新チームだが、オーナーはアメリカ人、日本からは名乗りを上げる人物や企業は現われなかったのだ。
 サンダースのオーナーとなったのはエドワード・タナカと言う日系三世。
 エドワードは日本人を祖父に持つ、日本人の血が1/4流れるクォーターだ。
 祖父が開いた小さな和食レストランは、父の代で複数の店舗を展開するようになった、しかし大きく業績を伸ばしたのはエドワード、和食ブームに乗った幸運もあるが、各店舗に必ず日本人の店長と料理長を置き、アメリカ人の味覚におもねず本物の味を提供し、日本式のきめ細やかなサービスも同時に提供する、それが受けて全国的なチェーンに成長したのだ。

 そして、実はエドワードもNFLに在籍した経験がある。
 フットボールでも名門であるスタンフォードを卒業したエドワードはクリーブランド・ランダーズにドラフトされた、その時のヘッドコーチが他でもない、ジム・ブラウンだった。
 ジムは彼を高く買っていてスターターに起用したこともある、運悪くその試合で負った怪我がエドワードから選手としての輝きを奪い、NFLで成功する事は叶わなかったのだが、エドワードはジムから学んだ、決して妥協を許さないと言う事を胸にビジネスで成功を収め、チームを所有するまでになった。 
 そして、既に引退している事を承知の上で、今度はエドワードからジムを口説いたのだ。
 決め手になったのは『3年間は決して口出ししませんから、あなたの思い通りのチームをゼロから作ってもらえませんか』と言う一言。
 根っからフットボールを愛するジムはその魅力に抗えなかった。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

「単刀直入に言おう、サンダースに来てもらえないかね? 条件は今年のシカゴと同じで」
「悪くないお話ですね……でも、返事はすぐでないといけませんか?」
「どれ位かかる?」
「一週間以内に、それでどうでしょう?」 
「結構だ、良い返事を期待しているよ」

「東京か……」
 電話を切ったリックはつぶやいた。
 アメリカから見れば地球の裏側、随分と遠い。
 しかし、いくつもの古傷を抱える体にはシカゴの寒さは堪えた……東京はここよりずっと温暖なはずだ。
 だが、全く異なる文化圏だ、言葉は通じないだろうし、食べ物だって合うかどうか……。
 リックが一週間の猶予を貰ったのは相談したい友人がいるからだ。 

作品名:Journeyman Part-1 作家名:ST