Journeyman Part-1
1.ジャーニーマン
リック・カーペンターは、12年間のプロ生活の大半を『ジャーニーマン』として過ごして来た。
12年前、リックはクリーブランド・ランダーズからドラフト5巡目でドラフトされた。
その指名は、リック本人にとっても意外だった、ドラフト指名を受けられるとは予想していなかったのだ。
ランダースを始めとしていくつかのチームから接触はあったが、せいぜいドラフト外だろうと思っていた。
勿論、カレッジフットボールでは正クォーターバックとして活躍した、しかしリックの大学が所属していたリーグはトップレベルではなく、それゆえドラフト前にリックの名前が話題に上がる事はほとんどなかったのだ。
しかも、リックはウォーク・インだ。
カレッジフットボールは大学にとって入場料収入や放映料が見込めるドル箱、リックの大学でも高校から有望選手をスカウトし、特待生として入部させる、従ってスターティングメンバーのほとんどは特待生だ。
そんな中にあって、リックは一般受験で入学し、自らフットボール部の門を叩いたクチ、それがウォーク・インだ、無論そういう部員も少なくはないが、スターターに名を連ねることが出来るのはごく一部だ。
リックも3年生までは控に甘んじていた、1学年上に2年目からスターターの座を射止めたエースがいたのだ、その彼は卒業後、ドラフト外でナショナル・プロフットボール・リーグ・NFLのチームに入団したが、一年間プラクティス・スカッド、すなわち練習生として在籍しただけでカットされた。
最上級生となったリックは正確なパスを投げ続けてチームをリーグ優勝に導いた。
しかし、身長180センチとプロとしては小柄な部類、特別に肩が強いわけでも足が速いわけでもない、プロのスカウトに注目される要素はあまりなかったのだ。
ドラフト指名されたものの、リックは迷った。
その位置で指名されるクォーターバックは第3クォーターバックか練習生、はっきり言ってワイドレシーバーの練習相手としての指名がほとんどで、「上手くすれば控えクォーターバックくらいまでは成長してくれるかも知れない」と言う程度の期待度、しかも学業も優秀だったリックは上場企業への就職が内定していたのだ。
随分と悩んだが、最終的にリックはプロ入りを決めた。
ビジネスマンにはいつでもなれる、しかし、プロフットボール選手には今しかなれないと考えたのだ。
1年目、2年目のリックは第3クォーターバック、つまりは控えの更に控えだ、当然のように出場機会は得られなかった。
しかし3年目、プレシーズンゲーム(日本のプロ野球で言うオープン戦)で正クォーターバックがケガをしてしまうと、ヘッドコーチは第2クォーターバックではなく、リックをフィールドに送った。
それ自体はさして珍しいことではない、第2クォーターバックは大ベテランだから力量はわかっている、試すとすれば若いリックだ。
その試合、ランダースは逆転勝ち、上々のスタートだが、プレシーズンゲームは主力の調整と新戦力のテストが主眼、リックが記録した好成績も大きく報じられる事はなかった。
正クォーターバックのケガはそう深刻なものではなかったが、大事を取って次の試合もリックが先発した。
プレシーズンゲームはその試合が最終戦、各チームとも主力が登場する、その中でリックはやはり好成績を収めた。
クォーターバックの成績はレイティングで評価されることが多い。
パス攻撃が多ければ総ヤードは伸び、ラン攻撃が多ければ伸びない、短いパスを多投すれば成功率は上がるが、長いパスが多いとどうしても確率は落ちる、7~80ヤード稼いでもインターセプト一つでほぼ帳消し、そう言った要素を均すための指標がレイティングだ。
プロでは80位が合格ライン、90ならば文句なしのスターター、100ならば一流、と言ったところだが、リックはその試合で100超えを記録した。
しかし、その活躍が大きく取り上げられる事はなかった、冷静に状況を判断して無理をせず、堅実に正確なパスを投げ続けるリックだが、あっと言わせるようなロングパスはなく、自らボールを持って走ることもない、そもそもスター性には欠けていたのだ。
だが、ヘッドコーチが開幕戦のスターターに起用したのはリックだった。
それを不満としたエースはトレードを要求、ランダースはこれ幸いとばかり彼を放出して伸び代の見込める若手数人を獲得し、サラリーキャップ(登録選手の年棒合計、NFLでは決められた上限を超える事は出来ない)に余裕を作ることにも成功した、エースはチームで一番のスタープレーヤーだったが、年棒面で重荷になっていてチームとしてのバランスに悪影響を及ぼしていたのだ。
そのシーズン、リックはレイティング90を記録してチームの成績は9勝7敗、あと一歩のところでプレイオフ出場を逃した、翌シーズンは少し成績を落としてレイティング85、チーム成績も8勝8敗に終わった。
そして、リックは翌年の契約を得られなかった。
リックの2年後にドラフトされたクォーターバックのウィル、彼も3巡目と決して高い順位ではなかったが、急成長を見せてリックを追い越したのだ。
パスの精度と冷静な判断にはリックに一日の長があるが、ウィルは自分でボールを持って走ることが出来る、パス・プロテクションが崩れた場合、リックは逃げ惑いながらパスを通せそうなレシーバーを探し、リスクが大きいと見ればパスを諦めてサックされてしまうが、ウィルは即座にランに切り替えることが出来るのだ、それが出来るとなると相手ディフェンスはパスとランの両方を警戒しなければならず、思いきったプレーが出来ない、そして、パスプロテクションが破られたピンチをチャンスに変換できるウィルはファンにとっても魅力的な選手、リックに取って代わったウィルはチームの勝利ばかりでなくファンのハートもがっちりと手繰り寄せ、リックには関心を示さなくなってしまったのだ。
ランダースからは放出されてしまったリックだが、状況判断に優れた堅実なクォーターバックを必要とするチームはいくらもある、ランダースより良い条件で移籍し、そこでもレイティング85の活躍を見せるが、チームは7-9と負け越した。
そして翌年、チームはフリーエージェントの目玉となっていたスター選手を獲得、リックは再び放出の憂き目を見た。
その時からリックの『ジャーニー・マン』としての生活が始まった。
リックのように、試合を壊すことのない、計算できるクォーターバックは貴重だ、必要とするチームは必ずある。
しかし、リックが率いたチームの勝率は5割を大きく割ることもない代わりに大きく上回ることもない、リック自身にもスター性は乏しい。
ファンが望むのは地区優勝してプレイオフに進み、スーパーボウルを目指すチームの姿であり勝率5割を目指す姿ではない。
それでも若く有望な選手が中心であれば、5割の成績を残せずとも来年、再来年に期待して、若手の成長を見守るのもまたファンの楽しみの一つにはなる、しかし、5割しか勝てないとわかっているベテランに魅力はないのだ。
作品名:Journeyman Part-1 作家名:ST