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『人権』の名の下に

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「そうだよ、その通りだ、学生運動ってのは戦前からあるんだよ、その頃は革命ってのも現実味があっただろうな、どんなに働いても食えない人は沢山いたし、食うのに精一杯ってのは別に珍しくもなかったからな、食えないってことはそれこそ死活問題だよ、社会をひっくり返そうって考える労働者や農民も沢山いただろうさ、活動家は彼らを煽動して革命のエネルギーにしようと考えていたのさ、だが、今の日本はどうだ? ちゃんと仕事をしているのに食えないって人はまず居ないだろう? サービス残業だのブラック企業なんて問題はあるにせよ、ちゃんと雨露をしのげる所に住めで、暖かい服を着られて、三度の飯をちゃんと食えて、贅沢は言えないにしてもそこそこの娯楽だって享受できる、そんな社会に革命を望んで、それを起こすエネルギーを持つ民衆なんか居るはずもないんだよ」
「それは確かにそうでしょうね」
「そんな社会にあって革命に同調するアナーキーな人物がいるとしたら、それはどんな人物だ?」
「アナーキーな人物……犯罪者ですか?……」
「そのとおりさ」
「……」
「犯罪者を擁護することで、育った環境が悪い、社会が悪い、日本はロクでもない社会だ、体制が悪い、警察は体制の狗だ、自衛隊は権力維持のための暴力装置だと刷り込みたいわけさ」
「なんだか浮世離れしているように感じますけど……」
「だけどさ、俺もお前も弁護士の仕事を通してその刷り込みに加担して来たわけだぜ、そうじゃないって言えるか?」
「それは……」
「確かに今の世の中で革命を叫んでも浮世離れしてるとしか言われないさ、だけどその下地をこつこつと作ってるって事は言えるんじゃないか? 教育やマスコミを通じてさ、一部の政治家もさうさ、そしてそれはある程度成功しているとは思わないか? 司法も一部それに加担しているんだよ、人権擁護の美名の下に犯罪に対して社会の抑止力を弱めるって方法でさ」
「……言われてみれば……」
「弁護士にしても、政治家にしても、マスコミにしても、革命活動家上がりにとって犯罪者は応援すべき存在なのさ、それは革命の芽だからな、今はまだ小さな芽だが、絶え間なく水をやっていつか大きく花を咲かせたい、社会をひっくり返せるだけの力を持つようにしたい、それが革命家の卵だった人間の、未だに見果てぬ夢なのさ」
「社会の破壊が夢……ですか……」
「俺さ、来月事務所を辞めるよ、所長にはそう伝えてある」
「え? 反旗を翻すんですか?」
「そこまでの度胸はないよ、幸い故郷にまだ両親がいるからさ、親父には悪いが病気になってもらった」
「口実ですか?」
「あまり褒められたやりかたじゃないけどな……向こうで小さな法律事務所を開くことにしたんだ、相続やらなんやらで需要は見込めるんでね、刑事訴訟はもうあんまりやりたくないな、やったとしても人権派の立場には立たないつもりさ……」
 そこまで話して、前田は自嘲的に笑った。
「まあ、これは前々から考えていたんだけどさ、今は身軽になったから実行に移すことにしたんだ」
 前田は最近離婚したばかり、子供もなかったので、確かに今は身一つになった。
 様々なしがらみから解放されて、思うように生きることにしたということだ。
(羨ましいな……)
 充は口にこそ出さなかったが、直感的にそう思った。


▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽


 一月後、前田はその言葉通りに事務所を辞して郷里に帰って行った。
 そして、裁判も始まった。

 田中の弁護についたのはやはり人権派として知られる弁護士、そして、彼は傷害致死どころか過失致死を主張した。
 過失致死は五十万円以下の罰金、懲役刑ですらない、つまりは引ったくりの罪は認めるが、雅美が死んだのはあくまで偶然に過ぎず、被告はその罪を懲役で償う必要はない、罰金で充分だと言うことだ。
 充は当然腹立たしく思ったが、比較的冷静に受け止めることが出来た。
 前田の言葉があちらこちらで裏付けられて行くように感じたからだ。

 そして、数ヵ月後、結審の時がやって来た。
 判決は強盗ならびに傷害致死で懲役十五年。
 無論、心情的には到底納得できないが、司法に関わる人間として、判決は冷静に受け止められた……そして同時に、自分がこれまで全身全霊を捧げて来た司法にも幻滅を覚えた。
 退廷する田中をきつい目で見送る充、そして田中は濁った反抗的な視線を送り返して来た。
 だが、充は心の中で叫ぶに留めた。
(お前なんか地獄に堕ちてしまえ)と……。


▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽


 その後、充は事務所を辞したが、別の事務所に移って弁護士の仕事は続けている。
 充が司法試験の壁に跳ね返され続けていた頃、雅美は充の夢が叶う様にと応援し続けてくれた、その思いを死なせたくないからだ。
 前田のように民事に限定しているわけでもないが、実際の依頼はほとんどない。
 最初に面会した時に厳しい言葉も投げかけるからだ。
 充の言葉に反発する人物は依頼してくることはない、が、中には犯した罪を悔い、被害者の思いにも心を痛める人物もいる、そういった人物の場合は全力を傾けて弁護している。

『法は正義』、その考えには今も変わりはない、『情』を優先すれば社会の秩序は守られないのだから。
 充は今でも司法の力を信じて仕事を続けているのだ。
 人の為に、そして、人が安心して暮らせる社会の為に……。
 

(終)
作品名:『人権』の名の下に 作家名:ST