茨城政府
『空襲警報。空襲警報。
直ちに頑丈な建物や地下に避難してください』
清野はガラケータイプの携帯電話の画面を閉じてポケットに仕舞い込むと、マイクのスイッチを全館放送に切り替える。呆気にとられている客が次の行動−パニック−に移る前に伝えなければならない。
「お客さまにご案内申し上げます。ただ今、空襲警報が発令されましたが、この駅舎は頑丈な建物です。慌てることなく、どうかその場でお待ちください。駅員が案内に伺います。繰り返します…」
清野は、トランシーバーを取り出し、案内要員の派遣を指示するとともに、『白い壁』事象により駅に詰めている駅長を無線に出すように伝える。
職業柄か?それとも性格なのか?いや、これが鉄道員魂なのか?頭に血が上るというか、全身がかーっと熱くなり、マイクを持つ手が小刻みに震えている。イメトレさえしたことのない空襲警報の放送も噛むことなくできた。大震災、大型台風、そういう感覚が入社以来何度かあった。
『おう、清瀬どうした?今、みんなを案内に向かわせたぞ』
−あ〜、喉が渇いた、今日は誰が一緒に行ってくれるんだ?−
夕方になると職場の日勤者を誘う、いつも飲みに行くことばかり考えている駅長の声には張りがある。この人も殆ど寝てない筈だ。
「駅ビルですが、」
『はー、はっはっ、ビル開発には開けるように頼んどいたぞ。あいつは、昔、俺が指令室にいた頃…』
「ありがとうございました」
そう言って清野は、まだ終わらぬ駅長の昔話を語るトランシーバーをポケットに突っ込んだ。
「業務放送、業務放送、駅係員は、お客さまを駅ビル内に誘導。乗務員は、お客さまを降車案内。繰り返します…」
こういう時は、どうするつもりなのかを知らせておいた方が案外パニックにならずに済む。清野は静かになったトランシーバーで信号担当に乗務員への降車案内を無線連絡するように指示すると、自らも客の誘導を始めた。
※
「タリホーターゲット11オクロック・ハイ(目標視認、11時方向上方)マジか!」
F−2B戦闘機の前部座席で操縦桿を握る鳥谷部の声が興奮気味に叫ぶ。
F−2Bは、F−2戦闘機の復座型つまり2人乗りにしたタイプで、前後にパイロットを乗せることができる。操縦桿などの操縦装置は、前後両方の席に付いており、訓練も行うことができる。ちなみに単座型(1人乗り)はF−2Aと呼ばれている。F−2Bは、2人乗りになった分キャノピー(風防ガラス)が後ろに伸びた形状をしている他はF−2Aと同じだ。
「あれは、B−29だな、堂々と内陸を飛んでくるとは、舐められたもんだ」
千葉方面から真っ直ぐ筑波山を目指して飛ぶ銀色の機体に後部座席の石山司令が呟く。
「やっぱあれ、B−29っすよね。やっぱ、タイムスリップしちまったのか」
鳥谷部の声に諦めの色が滲む。
「百里タワー。マンモス01。ターゲットはB−29。機数は1機。利根川を越え、筑波山方向へ向かっている。速度190ノット(約350km/h)高度30,000フィート」
鳥谷部が報告を終える。
通常2機で緊急発進するところを、復座型のF−2Bを1機で迎撃させたのは、石山司令の考えだった。まずは、レーダー上で敵が1機だったこと、本当にタイムスリップしていた場合、今後燃料を節約しなければならないこと。そして、復座機を飛ばして空自責任者の石山司令を乗せていれば、その場で判断、指揮を執ることができる。狭い空域で初の迎撃戦、一瞬の指示待ちが破滅へと繋がる。
「てことは、焼夷弾や、原爆…」
鳥谷部の声が詰まる
「げ…撃墜しますか?」
石山は瞬時に頭を巡らす。B−29の単機行動は、原爆投下か、高高度偵察。原爆は今、と呼べばよいのか複雑だが、1945年4月の時点では、まだ太平洋に存在しない。
「あれは、偵察型F−13と思われる。多分、県の独立放送を聞いて様子を見に来たんじゃないか」
「えっ、あれが偵察機ですか?ギラギラして目立ちますよ」
光沢のあるジュラルミン無地の銀色。光を乱反射するB−29に機体を向けた鳥谷部が呆れ声をあげる。無理もない、レーダーやセンサーが発達した現在でも、最終的には黙視による戦いになる。空で目立たない迷彩塗装は空自に限らず、世界中で研究されている
「見つかっても撃ち落とされない自信があるのさ」
石山は酸素マスクの中の口元を歪め続ける。
「昨日水戸に墜落したP−51の写真を見たろ。あれも無塗装の銀色だ。圧倒的な工業力をもつアメリカが、金がなくて色を塗らない訳じゃないあるまい」
「舐めやがって」
鳥谷部が自分のことのように悔しがる
「ということだ、煽り運転して、チビらせてやれ。ただし、機銃があるから800m距離をとって。まずは音速でヘッドオンしてソニックブームを味わってもらおうぜ。写真は俺が撮る」
「了解」
鳥谷部は、高度を上げながらアフターバーナーを点火する。身体がシートに押し付けられ、体内のあらゆる物が斜め下に引っ張られる。