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茨城政府

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13.壁


「これまでの情報から、残念ながら我々は、1945年つまり、昭和20年の4月1日にタイムスリップしてしまったと言わざるを得ない状況です」
茨城県知事の篠崎がここまで言うと、「信じられない」「そんなはずないだろう」といった、否定的なざわめきが場を埋め尽くす。
「お静かに願います」
防災・危機管理部長の川崎が声を張る。
「私だって信じたくはありません。ですが、昭和20年というのは、ご存知のとおり太平洋戦争終戦の年にあたります。そして、4月といえば、沖縄に米軍が上陸した月です。言うまでもなく、大戦末期、東京の偵察写真でご覧になったように、日本のあらゆる都市が爆撃されるんです。水戸も空襲を受けました」
篠崎は、いったん言葉を区切ると、土木部長の海野が、間髪入れずに立ち上がった。
「根拠は何なんですか?タイムスリップだなんて、映画じゃあるまいし。あんた県知事ですよ!」
篠崎は立ち上がり、射るように海野を見据えて口を開く。
「成田空港も東京タワーもスカイツリーも存在しない。東京は焼け野原と化した。茨城も東京のようになってしまうかもしれない!いや、確実にそうなるだろう。仰るとおりここは映画の世界じゃない。だから犠牲者は必ず出る。空振りだっていいじゃないですか。先手先手でいかなければ、取り返しのつかないことになるかも知れない。それに原因と思われる情報が先ほど入りました。つくば大学の研究施設で発生したトラブルの影響が濃厚です」
海野の態度に最初は声を荒げた篠崎だったが、諭すように話を結んだ。
「大学の研究が関係しているんですか?」
罰が悪そうに擦れぎみの声で海野が聞く。
「大学の関係者から直接連絡がありました。準備出来次第、オンラインでこの会議に出席いただくので、具体的な話は、そこで聞くことにします。とにかく、一刻の猶予もありません。昭和20年にタイムスリップしたことを前提として会議を進めます。よろしいですね。空振りだった場合の責任は、全て私がとります」
強い決意の眼差しと語気に、一同が力強く頷く。
「ありがとうございます。我々は戦史も軍事も素人です。オブザーバーとして、戦史に詳しい軍事ジャーナリストの古川氏に加わっていただきたいと思います。歴史を逆手に取って先手を打っていきます。古川氏については、ご存知の方も多いと思いますので、紹介は割愛させていただきます。異論ありませんか」
すっと手を上げたのは総務部長の笹塚だった。笹塚は、防災・危機管理部長の川崎と並んで知事の篠崎の片腕とも呼ばれている男で、口の悪い議員からはイエスマンと陰口をかれることもあるが、論理的思考で多角的に物事を捉える彼は、議会の答弁を明快に裁き、難癖をつけたがる野党の付け入る隙を見せない。そして、一点に注力しがちな篠崎のよきアドバイザーでもある。
「古川氏のことは、私も存じ上げております。知事の仰るように、軍事、戦史への造詣は深く、取材で来県されていたことは、不幸中の幸いです。ただし、古川氏はジャーナリストですので、職業柄、スクープを追うなど、我々と優先順位が異なることが懸念されます」
笹塚は、回りの反応が肯定的なのを確認して続ける。
「そこで提案なのですが、古川氏にポストを用意して県民に対して責任ある立場で働いていただきます。もちろん、彼にはジャーナリストとしての手腕を発揮し、記事を書き、記録を残すことも認めます。いかがでしょうか?」
「いくら災害だからといって、そんな勝手な採用が許されるんですか?」
土木部長が口を挟む
「問題ありません。職員の任用に関する規則 第4章 第32条の第4号に該当し、災害その他重大な事故により発生した業務についての人事は、人事委員会の承認があったものとみなすことができます。これに則り、古川氏を総務部付き戦略情報担当課長、あるいは知事室付情報担当顧問などに就いていただくのはいかがでしょうか?」
土木部長が大きく頷く
「それなら問題ない。さすが総務部長だ、全部頭に入れておられる。本当にタイムスリップしたのだったら、我々だけでは予断を許さない状況になってしまうが、歴史を逆手に取れれば、県民の安全を保てるかもしれない」
珍しく肯定的な意見を口にした土木部長に安堵の空気が流れる。
「なるほど、いいですね。それでは、ただ今の総務部長の意見に賛成の方は挙手願います」
この場にいる部課長全員が手を真っ直ぐに挙げたのを見回した篠崎は、川崎部長に現状の情報共有と、まだ招集していない陸上自衛隊、海上保安庁の代表を呼ぶように伝え、自分は古川に電話をするために席を立とうとすると、その様子を見ていた石山司令が耳打ちする
「海上自衛隊も県内の港に寄港していますが、呼んでみては如何でしょうか車はこちらで手配します」
そうだった。昨日、航空護衛艦『かが』のセレモニーに参加していたのに、まったく気付かなかった。自分の迂闊さに苦笑した篠崎は石山に礼を言うと、一緒に聞いていた川崎部長に「海上自衛隊も頼みます」と言い残して部屋の外へ向かった。

 茨城県常陸那珂港、この茨城県で最も新しく巨大な港の桟橋に繋がれた航空護衛艦『かが』では、この土日の二日間に及んだ一般公開の片付けが始まっていた。立ち入り禁止区域を囲むロープや、展示パネルを片付ける紺色の作業服姿の隊員たちが、きびきびと動き回る様は、見ていても気分がいい。飛び交う号令が、どこか明るく弾んでいるのは、この後の『上陸』への期待の表れかもしれない。護衛艦に居住する隊員にとって、寄港した街へ繰り出せる『上陸』は、この上ない楽しみであった。
終戦記念日にちなんで、先の大戦で活躍した軍艦の名を受け継いだ護衛艦で臨時に編成した『慰霊艦隊』は、全国の主要な港湾を巡り、一般公開を行ってきた。ここ茨城の常陸那珂港に停泊する『かが』もその1艦である。海上自衛隊最大、かつ初の空母である『かが』は、その旗艦をつとめている。全国の主要港を巡り7月から8月の土日という短期間で一般公開を行うために、艦隊は,県内4箇所の港に2隻ずつ訪問している。県民にしてみれば、南から鹿島港,大洗港,常陸那珂港,日立港で一斉に護衛艦の一般公開ということになるので、見学者の中には,最寄りは鹿島港だが,空母化した『かが』をひと目見たいがために常陸那珂港まで車で2時間掛けて来た家族連れもいた。そういう点でみると、『かが』が寄港した常陸那珂港のある、ひたちなか市や隣接する県庁所在地、水戸市の人達にはラッキーだったというわけだ。もちろん常陸那珂港が巨大なこともあるが、海上自衛隊の広報としては、県庁所在地に最も近い常陸那珂港に最大の目玉であり旗艦でもある『かが』を持ってきた方が記念式典への来賓の招待も、集客にも好都合だった。
 艦橋から甲板で作業を行う隊員を見下ろす艦長の金成一等海佐は、もう一度司令と打合せるべきか気を揉んでいた。あと1時間もすれば、課業を終えた隊員は上陸する。必要最低限の乗員を残した半舷上陸とはいえ,通信障害は、未だ回復しておらず、原因も不明だった。
−−もしあの閃光が原因だとしたら−−
作品名:茨城政府 作家名:篠塚飛樹