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茨城政府

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無い。百里基地を離陸して間もなく目に入る成田空港。「こんな近くで大丈夫なのか?」と不安を感じるほど上空からは近くに見える成田空港が、無い。壁の向こうの景色には、それがあるべき場所には畑のパッチワークと森林が広がっている。
「キョウジュ。成田空港が見えるか?」
「無い、成田が無い。ゴリ、こりゃあ一体どうなってんだ。何か全体的にいつもと違う感じがしないか?報告しよう。」
いつもはどこかの教授のように知的で冷静な高山の声が上ずって早口になっている。
「了解。」
「百里タワー、エイワン。こちらマンモスリーダー。」
鳥谷部は深呼吸をしてから基地を呼び出した。
「マンモスリーダー。こちらエイワン。オーバー」
石山司令の声が先を促す。
「こちらマンモスリーダー。日本語で続けます。壁の向こうが見えました。ですが、成田空港がありません。」
「成田が無い?やはりあの白い光は核攻撃だったのか?」
「いえ、そうではありません。破壊されたのではなく、最初からそこになかったような感じに見えます。」
「ゴリ。どういうことだ、もっと客観的に言ってくれ。」
「エイワン。キョウジュです。簡潔に申し上げると、成田空港は存在せず、畑や山林になってます。破壊されたような跡はありません。」
さすがキョウジュだな、鳥谷部は2番機を振り返る。
 俺はこういう事は苦手だ。やっぱりアイツはキョウジュで俺はゴリだ。
どうでもいいことに感心する。それぐらい何か大きな不安が目の前にある
「エイワン了解。一眼レフを持ってるな。成田空港があった場所を撮影し、帰還せよ。んー、何だあれ?」
「マンモスリーダー。ちょっと待て。」
無線の向こう側のどよめきと、矢継ぎ早なエイワンの指示が鳥谷部達のレシーバーに溢れる。

ーーーーー茨城空港ーーーーー
「え?いやいやいや、ありえないでしょ。」
開いた口が塞がらない。というのはこのことだろうか、いや、それ以上に驚いている。顎が外れそうになった。というのは言い過ぎかもしれないが、とにかく驚いた。子供達の口の周りのソフトクリームを拭って、もう一度飛行機が見たい。と言う子供達に「もう何も飛ばないよ。飛行機にバイバイしようね。」と荒井がデッキに連れ出した時だった。今度は聞いたことのない音が耳に飛び込んできた。いや、正確には聞いたことのある音なのだが、重さが違う。セスナのようなエンジン音だが、あんなに軽い音ではない。地を這うような低い轟き。
「あ、ゼロ戦、お父さんゼロ戦。カッコいいねー。」
「そ、そうだね、カッコいいねー。」
荒井の笑顔が引きつる。
濃緑色の機体、確かにカッコいいけど、日本に飛べるゼロ戦があるなんて聞いたことないぞ。どこかのマニアが密かにレプリカでも作ったとか。
まあ、きっと金持ちのオッサンか誰かが零戦に相応しくないカジュアルな恰好で乗ってるんだろうな、挙句にジェットパイロットみたいなヘルメットを被って。
 それにしても空自(航空自衛隊)の基地に降りるとは大胆だな。
カメラの望遠レンズを向けた荒井は今度こそ顎が外れるほど驚いた。
「何だ、何で?ガチな。あれは」
言葉にもならず、無意識にシャッターを切る荒井のファインダーに風防を開けたコックピットが映る。そこには使い古した飛行帽に水泳のゴーグルを大きくしたような飛行メガネを付けた浅黒い顔の男が居た。歳は30前後に見える。よく特攻隊を題材にした映画で見る終戦間際のパイロットの姿だった。

ーーーーー百里基地管制塔ーーーーー
「こちら百里管制塔、進入中の航空機、応答せよ。」
スクランブル発進したパイロットの報告に慎重に耳を傾けていた管制塔がレーダー室からの警告で騒めく。
 レーダーが突如探知した目標が近すぎるのだ。一斉に双眼鏡を向ける面々、「なぜ?」を意味する様々な言葉が飛び交う。もちろん混乱しているわけではない、それぞれの役割の中で飛び交う「なぜ?」目の前に見えるものは日頃の訓練の想定外だが、その想定外にも備えるためにも訓練している。
「日本語でも呼びかけろっ。」、「警備隊を完全武装で駐機場に出せ。」、「地上作業員は屋内に退避。」
先程までスクランブル発進させた部下と交信していた「エイワン」こと石山第七航空団司令が、矢継ぎ早に指示を飛ばす。小柄で人懐こい童顔。制服を着ていなければ幼稚園の園長先生がハマり役。陽気な大酒飲みで、趣味は飛行機と人材育成の石山は、そんな見た目と裏腹に非常事態にはめっぽう強い。
「警備隊はラヴに機関銃を載せて行くように。」
石山の言うラヴとは、軽装甲機動車(LAV)のことで、大きさこそ大型SUV程度で4つの車輪に4ドアと聞けば自動車だが、装甲板で角張った見た目と太く大きな車輪、屋根の上には銃座を装備したれっきとした装甲車だ。その銃座に石山は機関銃を載せろと言っているのだ。いつも機関銃は載せていない。基地内を巡回する際にも銃座には盾のような装甲板があるのみだ。そこにあえて機関銃を搭載して行けと命ずる石山の命令、電話の相手に伝えるのを躊躇する部下の後を押すように石山は付け加えた。
「あれは本物だ。今現在、日本国内に飛行可能な零戦はいない。」
−それなら、どこから来たんですか?−
 返そうとした言葉を部下は飲み込んだ。
 自分が問おうとしていることが、どれだけ矛盾に満ちたことなのか、それに、その答えを自分が受け入れる自信などないのだから。

作品名:茨城政府 作家名:篠塚飛樹