小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

茨城政府

INDEX|1ページ/26ページ|

次のページ
 

1.魅力度


 眼下に広がる住宅地、その外郭には緑の絨毯が広がる。見る目を飽きさせない夏の豊富な濃淡のパターンで魅せるその緑は、水田だけでなく様々な作物をこの大地が育んでいる事を示している。秋には豊かな実りのパッチワークを見せてくれる。
−そういえばパッチワークの丘って、あの観光名所の言葉だったな。その先は、−
 苦笑いで深くなった目尻の皺が、眩しさに細くなる。
 眩しい夏の朝の陽光に少し霞む距離には美しい三角形の組合せの筑波山と低く連なる山々が見える。広大な関東平野に陸の孤島のように浮かぶ八郷盆地だ。
−懐かしいな−
 そして筑波山の向うに隠れて見えない「つくば市」には、国立の研究機関・大学を中心とする日本で唯一の研究学園都市である「筑波研究学園都市」がある。
 遠くに那須連山を望むと回れ右をする。全面ガラス張りのロビーは振り返ると床の向うに反対側の景色広がって見える。一般開放されているこの県庁最上階の展望ロビーだが、殆どの職員が出勤前のこの時間には誰もいない。隅にさり気なく構えるカフェも「CLOSED」だ。
 茨城県知事の篠崎広志にとって執務前のこのひと時が至福のひと時であり、活力だった。
 北に面した窓辺で目を細める篠崎にエールを送るように真っ直ぐに天を指す世界最高峰のエレベーター研究塔。裾野のように広がる巨大な四角形は、研究塔を持つ企業グループの工場群だ。そこだけではない、住宅地や緑のパッチを仕切るように広がる四角形の数々は、工場であったり物流拠点だったりする。さらに先に見える多賀山地、山と海に挟まれ南北に細く伸びる日立市の平地には世界に冠たる総合電機メーカー発祥の地でもあり、伝統的な工場群と平地狭しと山に向かって立ち並ぶ住宅地には、文明の力強さを感じる。
 東の方向に視線を転じると太平洋が見える。県の南北端から端まで面する海岸線の全ては見通せないが、4つの巨大港が篠崎の脳裏に浮かぶ。鹿島港には巨大な鹿島臨海工業地帯が広がり鉄鋼業、発電所、石油化学等の工場群があり、大洗港は、カーフェリーも発着する旅客ターミナルを備え、隣接する漁港やマリーナも賑わいを見せる。そしてこの水戸市の隣に広がるひたちなか市に1998年に一部開港した常陸那珂港は、旧日本軍から米軍が接収して使用していた広大な射爆撃場が1973年に返還されたことによる開発の一環であり、1991年の「国営ひたち海浜公園」の開園を皮切りに開発が進んでいる。近年、北関東自動車道から常陸那珂有料道路が整備され、大規模商業施設が次々と開業、大手建設機械メーカー2社が工場を建設するなど、軌道に乗って来た今なお発展を続ける期待の星である。そして日立港は、言うまでも無く日本を代表する巨大メーカーの御膝元として発展してきた。陸路で運ぶ事が困難な大型の発電機類の港までの運搬は、ルート上の信号機や歩道橋は跳ねあげられるように出来ており、深夜に行われる。なかなかの見物だ。その他にも石油製品、鉱産品、木材、自動車など多岐にわたる。特に自動車はドイツ・ダイムラー社やフランスのルノー社からの輸入自動車が多く、また日産自動車栃木工場も北米向けの輸出港として使用している。
 港だけじゃない。空港だってある。2010年に航空自衛隊百里基地と共用する形で開業した茨城空港。一時はその存在さえ疑問視する声も多かったが、利用者は増え続け、LCC空港として軌道に乗って来ている。
 観光名所だって沢山ある。袋田の滝に、水戸黄門ゆかりの西山荘、国営ひたち海浜公園、水戸の偕楽園に江戸時代の総合大学ともいえる弘道館。筑波山、歴史的な物から豊かな自然まで数え上げたらキリがない。
 工業だけじゃない。農業も漁業も林業も盛んで海の幸も山の幸も豊富だ。何でも美味い。気候だって穏やかだ。
 なのに、なのに
「何で、魅力度ランキング最下位の県なんだ。」
 思わず口に出して呟く自分の自虐的な笑みをガラスが映す。
 日本一は沢山ある。栗、メロン、レンコン、ピーマン、干し芋、陸稲、白菜、レタス、夏ネギ、ミズナ、チンゲン菜、鶏卵の生産量は日本一、まいわし、サバの漁獲量だって日本一だ。ちなみにビールの製成数量日本一も茨城県だ。
−どうだ、参ったか−
 なのに、なのに、何故
 野菜の生産量は北海道に次いで全国2位。梨の生産量全国2位。他にも2位はいっぱいある。「偕楽園」に隣接する千波湖や梅林、草原などを含めた「偕楽園公園」はニューヨーク市のセントラルパークに次いで都市公園としては世界第2位の広さを誇るんだぞ〜。
−どうだ、参ったか−
−でもね、−
「2位じゃ駄目なんでしょうか?」
 長らく野党で辛酸を舐めてきた某政党が政権を握った時代、予算を削りまくった女性議員の迷言が篠崎の脳裏で繰り返される。
−2位じゃ駄目なんですよ。−
「2位だけど、ウチは最下位です。」
 工業、農業、漁業、林業、観光、電力エネルギーも豊富、自然も豊かだ。交通だって新幹線こそないが鉄道は整備されていて高速道路も空港も港もある。経済資源は充分なはずだ。
 研究開発の分野でいえば、もはや日本の最先端を担っていると言っても過言ではない。
 はっきり言って、
「独立できんじゃね?」
 今風の言葉遣いでわざと声に出して言う篠崎に自虐の笑みはない。
−茨城県がいなくなったら困るのは日本国−
 東京オリンピックが終わって、茨城ゆめ国体が終わった今、県知事に就任した俺は最高に幸せだ。国政に振り回されることなく郷土の発展に専念できる。
−さあ、これからが本番だ。−
 背筋を思い切り伸ばして大きく深呼吸をした篠崎は、強くなり始めた陽光を背にエレベーターホールへ向かった。
 
作品名:茨城政府 作家名:篠塚飛樹