④全能神ゼウスの神
本心と真実
部屋に戻ると、早速リカ様はカウチに横たわる。
「ね、そこのクッション取って。」
リカ様は肘置きに頭を乗せながら、向かいのカウチにあるクッションを指さした。
「はい。」
私はクッションを持って、リカ様の傍へ寄る。
跪いて手渡すと、そのクッションでいきなり後頭部をぐいっと引き寄せられ、鼻と鼻がくっつきそうな距離まで顔が近づいた。
「!」
艶やかな黒い瞳に至近距離でジッと見つめられ、一気に顔が熱くなる。
(な…なに!?突然!)
リカ様のやわらかな吐息が口元にかかり、その熱と色香に頭の芯がくらくらしてきた。
すると、リカ様が顔を傾けながら囁く。
「ここ、ゼウスの痕…。こんなの残してたら、変なのに狙われる。」
近づいた唇に、リカ様の熱い吐息と、甘くて少しビターなカフェモカの香りを感じ、心臓が壊れそうなほど高鳴った。
耳の中にまでどくどくと激しく響く鼓動の音で、リカ様が何て言ったのかよく聞こえない。
「…ぇ?」
小さく訊き返した瞬間、リカ様が後頭部をクッションで押す力を強め、私の唇をペロッと舐めた。
「!!」
(こ…これは!!)
一瞬、光り輝いたリカ様は、その黒い瞳をスッと細めると、私を解放する。
私は全身が心臓になったかのようにどくどくと脈打ち、呼吸もままならない。
腰が抜けたように、へなへなと床にへたりこんだ。
「ん、あま。」
そんな私に妖艶な視線を向けながらクッションを胸に抱き、リカ様はカウチに身を沈める。
「ゼウスの痕に上書きしたなんて知ったら、宇宙が一気に爆発しちまうくらい怒り狂うんだろなー…あいつ。」
いたずらっ子のように笑うリカ様の傍らで、私は陽に無理やり口づけられた時の事を思い出し、恐怖で身震いした。
そんな私に、リカ様は手を伸ばす。
「たしかに、陽がかぶりつくのがわかるくらい美味しかったけど」
言いながら、その指先が唇をすっと撫でた。
「ゼウスに戻りたくねーから、私はいらない。」
キラッと輝いたリカ様は、すぐに手を引っ込める。
リカ様は、抱いたクッションに顔半分埋めながら私を無機質に見つめ返した。
「陽んとこに、行きなよ。」
思いがけない言葉に、私の気持ちがついていかない。
「絶対、イヤです。」
きっぱりと断ると、黒い瞳がどんどん冷ややかになっていった。
「なら、サタンのとこ。」
(…サタン様?)
リカ様は目を瞑ると、どこか遠くへ意識を集中させる。
「サタンは、おまえを手に入れられるならゼウスになってもいい、って今思ってる。」
(時空が違う場所にいるサタン様の心を読めるの?)
驚く私を再び、黒い瞳がとらえた。
「あのチャラ男を本気にさせるなんて、すげーな。でもあいつ、ああ見えて根は真面目だから、大事にしてくれんじゃね?」
声色も黒い瞳も冷ややかだけれど、口元が隠れているので本心が掴めない。
私は、リカ様を見つめたまま首を左右にふった。
「嫌です…。私は、リカ様のお傍に居たい…。」
ふるえる声で言うと、リカ様の眉間に皺が寄る。
「迷惑。」
(!!)
心臓を鋭く射貫かれた。
「抱けもしないオンナを傍に置いて、何のメリットあんの?私に。」
「…身の回りのお世話が」
「必要ない。他のオンナや魔導師がしてくれる。」
「…さっき、女っ気がないって…。」
「めんどくさいから、魔道界で作ってないだけ。」
「…リカ様のお好きな物、何でも作ります。」
「ここにも料理が得意なヤツはいる。」
ひとつひとつ言い返され、遂に何も言えなくなる。
「な?メリット、ねーだろ?」
リカ様の黒い瞳が、恐ろしく冴え渡った。
「てか、ほんと迷惑。」
ストレートな言葉で、私の心は容赦なく傷つけられていく。
「せっかく穏やかに暮らしてたのに、おまえのせいでまた神界に巻き込まれたし。」
そこまで言うと、黒い瞳に険が宿った。
「もう、ストーカーやめてくんない?」
(!!)
(たしかに、私がやってたことはストーカーかもしれない…。)
「まとわりつかれんの、疲れる。」
声色や雰囲気から嫌悪感が溢れていて、私は思わずリカ様から目を逸らす。
そんな私に、リカ様はたたみかけるように口撃してきた。
「私だって、性欲満たすためにオンナを呼ぶこともある。そん時に、おまえに負のオーラ出されたら、興醒めするし、マジで鬱陶しい。」
(…ぁ。)
いつになく悪ぶって饒舌なリカ様の態度に、ふと既視感を覚える。
そこで、逸らしていた視線を再びリカ様に戻し、真っ直ぐに見つめた。
「ほんとに、神界に戻ってほしいですか?」
リカ様は、ゆっくりと小さく頷く。
「じゃあ、なんでさっき助けたんですか?」
「…。負のオーラが鬱陶しかったから。」
「それなら、なぜ助けた後すぐに帰らなかったんですか?。」
「またしつこく探されるのが嫌だったから。」
「サタン様に頼まれた時、受け入れたのは?」
「あそこでこんな話したら、おまえの負のオーラで神界が汚染されんだろ?だから、とりあえず魔道界で話そうと思って連れてきただけ。」
「じゃあこの後、私がサタン様のところに行くって決めたら、どうするんですか?」
「送ってってやる。」
「ヘラ様は?」
「もういない。」
言った瞬間、リカ様が目を見開いて私を見つめた。
そして、クッションに顔を押し付けながら目を逸らす。
テンポよく言い返して来ていたリカ様からうまく真実を引き出した私は、正座してリカ様に向き直った。
「ようやく、本当のことを言ってくれましたね。」
「…。」
リカ様は、寝返りをうって私に背を向ける。
「リカ様は、いつもそうです。私が深く傷つきそうなことがある時は、それを知られる前に必ず饒舌に酷い言葉で自分を悪者にして遠ざけようとします。」
リカ様の背中に向かって、私は床に手つき、頭を深く下げた。
「私のせいで、ヘラ様は消えてしまったんですよね…。」
「違う。」
リカ様の低い声が、否定する。
「サタン様に、私が消えた時の映像を見せてもらいました。」
私は頭を下げたまま、腹に力を入れた。
(ふるえるな、声!)
「私と陽の力がぶつかり合って虹色の光が生まれ、その力で私が消えた時、ヘラ様の悲鳴が聞こえました。そして次の瞬間、リカ様が光を放った時にはもうヘラ様の姿がなかった…。」
「ヘラも一緒に逃げた。」
頭の上からふった声が、私の言葉を再び遮る。
「じゃあ、ヘラ様はどこにいるんですか?」
勢いよく顔をあげると、いつの間にかカウチにうつ伏せになって私を見下ろしていたリカ様と、間近で視線が絡んだ。
「…女魔導師の館に…」
「それなら、さっきの魔導師さんが『女っ気がない』なんて言うはずないじゃないですか。」
「ヘラは姉だと伝えてるから。」
「じゃあ、今すぐここへ連れてきてください。」
「…。」
グッと言葉に詰まるリカ様に、私は詰め寄る。