④全能神ゼウスの神
発覚
翌朝、サタン様は来なかった。
その代わり、コウモリがパンを届けてくれて、驚く。
『お忙しいのに、お気遣いくださりありがとうございます。パンを頂きました。』
メールを送ると、少しして返事が返ってきた。
『これからしばらく忙しくなるから、あんまりそっちに行けないかもー。なんかリカさんからアクションあったら教えてね!』
(…サタン様…。)
なんだか、距離を置かれた気がする。
『はい。あまり無理されないでくださいね。』
返事を返し、私はぼんやりとひとりパンをかじった。
甘いはずのチョコホイップパンが何の味もせず、喉にひっかかる。
私はコーヒーでそれを無理矢理流し込むと、椅子を立った。
(よし!気持ちを切り替えて!)
今日は、クッキーを焼いてみた。
『クッキーを焼いたので、お仕事帰りにいらして頂けますか。』
サタン様にメールを送信して、小屋を出る。
シナモンとバターとチョコの三種類のフレーバーを作り、リカ様にはしっとり甘め、サタン様にはサクサク食感でビターに仕上げた。
リカ様の家の近くまで行った時、ポケットの中のスマホがブルブルふるえる。
サタン様からのメールだった。
『ありがとう。でも遅くなるから、コウモリをお使いに遣るね』
(来れないんだ…。)
私が小さなため息を吐いた時、カサっと落ち葉を踏みしめる音がする。
「!」
驚いて顔を上げると、そこに陽が立っていた。
「!!」
声を上げる間もなく、陽の大きな手に口を塞がれて羽交い締めにされる。
その瞬間、まばゆい光に包み込まれ、陽の体がキラキラと輝きだした。
「!…ん…フェアリーの力…すごいな…。」
陽が吐き出した熱い吐息が首筋にかかり、私の背筋がぞくりとふるえた。
「…なにしてんの?こんなとこで。」
やわらかな声色と真逆に、息もできないくらいきつく鼻と口を塞がれた私は、呻き声をあげる。
「ああ、ごめん。苦しかったね。」
陽が手の力をゆるめた瞬間、私は手に持っていたクッキーの袋を落とした。
「リ…リカ様!!」
思わず助けを求めてしまったが、鳥が鳴きながら飛び立つ音以外、何も現れないし聞こえない。
「リカ?…もしかして、失脚した元ゼウス?」
陽の言葉に、私はしまったと思ったけれど、もう遅かった。
「…。」
顔を背けようとする私に頬を寄せ、陽はくくっと喉の奥で笑う。
「ふーん。この辺に隠れてんの?『リカ』は。」
探るように辺りを見回しながら私が落とした袋を踏みつけた陽に、ふるえが止まらない。
「…ま、落ちぶれた元ゼウスなんか、どーでもいいけど。ゼウスの僕に、もう太刀打ちできないだろうし。その証拠にほら、めいをこうやっても出てこないしさ。」
言うと同時に私の後頭部の髪を掴み、強引に上向かせてきた。
「フェアリーは、ゼウスの傍にいなきゃダメでしょ。」
冷ややかな金色の瞳で私を見下ろすと、陽は唇を重ねてくる。
「ぅっ…。」
無理やり口をこじ開けて深く侵入してくる陽の熱から逃げることができず、私は呻き声をあげた。
「は…っ、久しぶりにみなぎるな…。」
長い口づけの後、陽は色っぽい熱い息を吐く。
懐かしく愛しい白銀髪も、金色の瞳も、リカ様でなければただ恐ろしいだけ。
「なに?その顔。恋人なら、もっと色気のある顔しなよ。」
陽はちょっと不機嫌そうに私を見下ろしたけれど、ピクリと何かに反応し、私を抱く腕に力を込めた。
「長居は無用だな。とりあえず帰るよ。」
陽は至近距離で冷ややかな笑顔を浮かべると、もう一度唇を重ねようとする。
「…やっ!」
私が身じろいだ瞬間、陽の腕に蔦が絡み付いた。
そして、その蔦を這うように閃光が走る。
「!」
バチっと感電するような音と陽の呻き声が同時に聞こえた瞬間、私を抱きしめている腕の力がゆるんだ。
オーラを吸い取られ体から力が抜けている私がよろけると、受け止めるようにふわりと虹色のシャボン玉に包み込まれる。
(これは!)
陽もその正体に気づいたらしく、鋭い視線で蔦の出所を探る。
けれど、それは大きな太い木から伸びているだけで、人の気配も姿もそこにはない。
(異空間から攻撃してる!?)
陽が神力を使って断ち切ろうとしても、その細い蔦はびくともしない。
「くそ!隠れて攻撃なんて卑怯だぞ!!」
(ゼウスの力が、全く効いてない…。)
強大なその魔力に、リカ様が助けに来てくれたと確信した時、大きな羽音と共に黒い影が舞い降りた。
「許可なく魔界に立ち入るのはルール違反だよ?ゼウスさま♡」
飄々とした口調で牽制しながら、広げられた大きな黒い羽が私と陽を遮る。
その瞬間、陽の腕をとらえていた蔦が消えた。
陽は反動でよろけながら、蔦に締め上げられていた手首をおさえる。
「なにが…ルール違反だ、イブ…。」
低く唸るような声でサタン様を睨み、烈火の如く怒りを全身にみなぎらせた。
「あれぇ?そ~んなに感情的になったら、ゼウス失格じゃない?今頃、宇宙が大変なコトになってるかもよ~。」
サタン様の挑発に陽はグッと奥歯を噛みしめると、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「…なぜ、フェアリーが魔界にいる。」
努めて無機質な声色で問い詰める陽に、サタン様は余裕の笑顔を向けた。
「びっくりしたよ~俺も。気づいたら魔界にいるんだもん♪」
明らかに嘘とわかる物言いに、陽の苛立ちが募る。
「…なぜ、すぐに報告しなかった。」
それでも必死で平常心を保とうとする陽を、サタン様はにっこりと笑顔を返しながら更に挑発した。
「いや、報告もなにも、俺も今知ったからさ。」
そして私をふり返り、わざとらしく訊ねてくる。
「いつからここにいたの?フェアリーちゃん♡」
「…。」
何て答えて良いかわからず戸惑いながら赤い瞳を見つめ返すと、サタン様が唇に人差し指を当ててやわらかく微笑んだ。
そのいつも通りのおおらかな表情に、心の底からホッとする。
サタン様は小さく頷くと、陽に向き直った。
「ごめんね、監督不行き届きで♡最近、宇宙が不安定で大変なもんだから、管理が疎かになってたね~。反省♪」
さりげなく含まれた嫌みで、陽の額にくっきりと青筋が表れる。
(!こ…怖い…!)
あまりの殺気にシャボン玉の中で尻餅をついた私をチラリと見た陽は、低い声色で言った。
「…とりあえず、めいは僕のものだ。邪魔しないでくれ。」
その陽に、サタン様の体からも見たことがないくらいの殺気が放たれる。
「魔界にあるものは、サタンのものだ。ゼウスといえど、勝手なふるまいは許さない。もし勝手に持ち去るなら、それは侵略行為とみなすよ。」
陽はニヤリと笑うと、サタン様を見下すように嘲笑った。
「なんだ、おまえもゼウスになりたいの?」
けれどそんな挑発も、サタン様はさらりと受け流す。
「まっさか~♪俺はヤれないの、我慢できねーもん♡」
(さすがです…サタン様。)
陽が毒気を抜かれたように深いため息を吐いた時、電子音が響いた。
舌打ちしながら、陽がポケットからスマホを取り出す。
「あ、やっぱ宇宙、大変なことになったっしょ?」