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狭間世界

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 左右対称はあくまでも夢の世界であって、狭間世界という発想ではないのだ……。
 社会人になってすぐのことだった。祐樹は先輩営業社員に付き添って、研修をしていた。その時に営業先の会社のロビーで、声をかけてくる人がいたのだ。
「おい、若槻君じゃないか」
「えっ」
 と言って振り向くと、そこにいたのは天神だった。
 天神とは、高校二年生の頃まで交流があった。
 天神や瀬戸は自分とは頭の構造が違っているのか、二人とも優秀だったこともあって、それぞれに進学校に入学した。自分のようにそれなりの学校ではなかったので、皆バラバラになっていた。
 離れてしまうと、連絡を取り合うことも減ってきて、お互いに忙しさにかまけてか、遠慮してしまい、誰も連絡を取らなくなった。ぎこちないまま付き合っていくのをそれぞれが嫌ったのだろう。
 久しぶりの天神との再会だったが、その天神に連れられて出かけたバーに、
「懐かしい人がいるんだ。向こうも会いたいって言ってたので、一緒に行こう」
 と言われてついて行った。
 祐樹はそれを瀬戸だとは思わなかった。誰なのか想像できないわけでもなかったが、それ以上に、瀬戸でないことだけは確信が持てた。
「あら、お久しぶり」
 清楚な雰囲気に大人の色香を交えたその女性は、中学時代にグループにいた派手好きの女の子だった。
「久しぶりだろう? 綾乃」
 と天神が声をかけた。
――ああ、そうだ。確か名前を綾乃と言ったっけ――
 祐樹は、彼女の印象とともに、なぜか名前を思い出せないでいた。
――派手好きな女の子――
 これが、祐樹の記憶の中での彼女の名前だった。
「俺たち、もうすぐ結婚するんだ」
「えっ?」
 天神のその言葉に少しビックリした祐樹は、反射的に彼女を見た。
――ああ、面影がある――
 清楚な中に、顔を真っ赤にしているその表情は、派手には見えないが、中学時代の面影を完全に思い出させてくれた。
――彼女を派手好きだと思っていたのは、俺の思い過ごしだったのか?
 そう、別に彼女は派手好きだというわけではなかった。綾乃の一か所だけしか見ずに、その一か所があまり好きではない印象だったので、勝手に思い込んだイメージでしか見ていなかったのだ。
――きっと、天神には彼女の本当の姿が見えていたんだろうな――
 と感じていたが、
「今だから言うんだけど、こいつ、本当はお前のことが気になっていたんだぜ」
 と天神が言った。
 また反射的に綾乃を見ると、綾乃はさらに顔を真っ赤にして恥じらいを見せていた。
――しまった――
 祐樹は後悔の念に襲われていた。
――何も今になって言わなくてもいいのに――
 と、天神を睨んだが、天神の笑顔はびくともしなかった。
――瀬戸?
 天神のその時のびくともしない笑顔に、以前に夢で見せた瀬戸の顔が思い浮かんだ。
「そういえば、瀬戸は元気なんだろうか?」
 と祐樹が言うと、
「お前知らないのか?」
「えっ? 何を?」
「瀬戸のことだよ。あいつは、三年前に大学のサークルで登山に行った時、遭難して、そのまま亡くなったんだ」
「なんだって?」
 祐樹はしばらく、金縛りに遭ったかのように動けなかった。
――あれは正夢だったんだ――
 それを思うと、あの夢が本当に夢だったのか、狭間世界の出来事だったのか分からなくなった。
 そして、もしあれが狭間世界の出来事であるならば、
――正夢というのは、狭間世界に存在する――
 と思わせた。
 瀬戸が自分の夢に死をわざわざ知らせるために出てきたのだと思うと、狭間世界がさらにリアルに感じる。委縮して他人事のようにしか思えなかった自分をグループに入れてくれた瀬戸に感謝もする。
 そして、祐樹は今、自分が見た狭間世界は、自分によって創造されたもので、初めて見たのが瀬戸の夢だったことを感じた。
――瀬戸は何を伝えに来てくれたのだろう?
 そう思うと、祐樹は、
「ありがとうな、瀬戸」
 と、声に出して呟いた。
――狭間世界というのは、委縮を経験した僕にしか、感じることのできないのかも知れないな――
 祐樹を見ながら、微笑んでいる天神と綾乃。天神には、中学時代、一緒に狭間世界の話をした時の祐樹少年が見えていたに違いない……。

                 (  完  )



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作品名:狭間世界 作家名:森本晃次