古代湖の底から
「なんじゃ、それ?」
当然のことだが、ボーヤには意味不明。
そこへアーネゴが「あんたは私たちのホープなんだから」と言い足すものだから、強いプレッシャーを感じてしまう。
そしてついにボーヤは、ハズミとイキオイで言い放ってしまうのだ。
「まずは古代湖脱出のため、行って参ります」
これに全員がクイック・レスポンス。
キャプテンは「随時、現状報告のこと」と意味深にニッと笑うし、アンチーヤンには「身体に気をつけて、頑張っちゃえ!」と握手される。そしてアーネゴには「仕方ないことね。だけど、寂しくなるわ」とエンエンと嘘泣きまでされてしまう。
ボーヤは三人からこんな見え見えの送る言葉を受け、それに対し、忠誠の証として叫ばざるを得なかったのだ。
「ヨロシオマッ星!」と。
こうしてボーヤは小型潜水艇に乗り込んで、100メートルの水底の円盤機から水面上へと昇って行ったのだった。
琵琶湖の夏は終わり、時節は透けた水面にさざ波が立つ初秋。
盛夏のあの賑わいは、湖面を渡り来る涼風とともにどこかに運ばれて行ってしまったのか?
さあれども、それを探し求め、湖岸から北の淡海(おうみ)を眺望すれば、竹生島(ちくぶしま)がぷかりと湖上に浮かぶ。
色付きつつある島の沈影(ちんえい)、その眺望はまことに神秘だ。
なぜそのように?
その理由(わけ)は、この近辺の水深が100メートル、その深さゆえだとも言える。
そこに前触れもなく、この絵になる風景を切り裂くように、甲高い女性の声が……。
「ナポレオン、どうしたのよ。戻るから、こちらに来なさい!」
深く被ったダークグレーのキャペリンに、淡いオクタゴン型のサングラス。
ホワイトシャツに、ミッドナイトブルーのジャケットを羽織り、下はジーンズ。実にカジュアルだ。
されども一点一点が高価そう。
体型は、うーん、ちょっと口外することに躊躇するが、充分ふくよかと言い切っていいだろう。いわゆる金持ち太りと思われる。
そんな五十路(いそじ)のご婦人、その正体は女流ミステリー作家の伊調神恋慕(いちょうかみれんぼ)。その熟年女性が人気(ひとけ)のない湖岸で愛犬を呼ぶ。
すぐさま水際に透き通った飛沫(しぶき)が舞い上がり、利口そうな犬が垂れた耳を大きく揺らせ、主人のもとへと駆け寄ってくる。