小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集20(過去作品)

INDEX|6ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

「でも、水谷さんは本当に生真面目なビジネスマンなんでしょう?」
「真面目かも知れないけど、芳恵ちゃんの言い方を聞いていると、まるで血も涙もない冷徹人間みたいに聞こえるじゃないか」
「ごめんなさい。冗談よ」
 とはにかんで見せる芳恵に、
「もちろん分かっているさ」
 と間髪入れずに返事を返した。
 空に浮かぶ星を見ながら歩いていると、目指すバーまであっという間だった。
「ここは学生時代の先輩が常連になっているの。女性一人でも来れるようなお店なので、先輩は時々来ているみたい」
 中に入るとさすがに芳恵が薦めるだけあって洒落た造りになっていた。必要以上の光がなく、赤や青といった原色が申し訳程度のイルミネーションとしてついているだけだ。人の顔をハッキリと確認できるまでの明るさではなく、それが却って神秘的に感じる。
 それでも目が慣れてくると少しは人の顔が分かるようで、特に女性の横顔など綺麗に見えてくる。そこがまたこの店の洒落たところなのだ。
 カクテルも揃っていて、あまりアルコールに強くない私は弱めのカクテルにした。雰囲気だけで酔える店というのはこんな店のことをいうのだろう。店内に流れるジャズはサックスが利いていてさらに妖艶な雰囲気を醸し出している。
 出張とはいえ、旅に出ると気持ちがおおらかになるのは、なぜだろう?
 学生時代から旅行が好きで、いろいろ行った記憶がある。金沢には足を踏み入れた記憶がないが、どちらかというと西日本が多かった。歴史が好きで、特に城郭には造詣が深かった私は、城下町などを散策したものだ。熊本や松江、姫路などが印象に深かった。
 それぞれ都会の中に聳える城である。城を中心に栄えた街がそのまま現在の街づくりへと移行してきたのだから、当然と言えば当然で、姫路のように通過する新幹線の中から望む聳え立った城というのは何とも言えない。近くで見れば大きいにもかかわらず、あっという間に通り過ぎるため小さく感じてしまう。それだけに都会である姫路の街まで小さく感じるのだ。
「金沢ってお城あるよね?」
「ええ、兼六園の横にね。でも今は金沢大学の敷地内になってるわ」
 そういえば、加賀百万石の城下町、武家屋敷も残っていると聞いているわりには、城についてはあまり聞いた記憶がない。金沢といえば前田利家に代表される、加賀前田家のはずである。
「今日は来ていないみたいね。先輩」
 そういいながら芳恵はカクテルを口に持っていく。それほど店内を見渡したという雰囲気ではなかったことから、先輩が座る席というのは決まっているのかも知れない。カウンターを一瞥したのが見えたので、きっと指定席はカウンターなのだろう。
「今日の私、どうかしているわ」
 ゆっくりとカクテルを楽しんでいる私の横で、芳恵が呟いた。先ほどまでの楽しそうな顔とは少し違っている。確かに暗めのライトが妖艶な雰囲気を醸し出しているようだが、それにも増して少し疲れているように見えるのは気のせいだろうか?
 そんなに呑んでいるようには思えない。スナックで勤める女性という目でどうしても見てしまうので、横に座って一緒に呑んでいても、彼女と呑みに来たという雰囲気とはかけ離れて感じる。しかし、少なくともスナック「レイン」の女の子の中では一番素朴に見え、私の好みの女性であることには間違いない。スナックの女性という目で見る自分と、横で私に寄り添うようにして飲んでいる女性とを結びつけようとすると、そのことだけで頭がいっぱいになり、余計に酔いが早く回って来そうだ。
 眠気も襲って来そうな予感がある。心地よさが身体に纏わりついていて、適度な暖かさが眠気を誘うのだろう。
 私は眠くなると一気に襲ってくる睡魔に勝てなくなる。指先が痺れてきたり、頭が重くなったりする。特に酔っている時や身体に纏わりつくような暖かさがあると我慢できなくなる方で、そのまま寝ていることが多い。
「水谷さん、寝ちゃってたみたいね」
 そう言って芳恵からも言われたことがある。照れ隠しに苦笑いをしていたことを思い出していた。
「ここの店も、心地よいでしょう? いつもカウンターの中ばかりにいるので、こういう店に来ると落ち着くのよ」
 芳恵の顔もほんのり赤みを帯びて感じる。目がトロンとしているところを見ると、照明のせいだけではなさそうだ。本当に酔いが回ってきているのかも知れない。
 さすがに芳恵は私と違って、酔いが回っても眠くなる方ではなさそうだ。以前、「レイン」で話した時も、
「酔って眠っちゃうって気持ちいいんでしょうね」
 と、まるで他人事だった。きっと酔い潰れるまで呑んだことなどないのだろう。
「酔い潰れるまで呑んだことのない人ってかわいそう」
 そんな話をしている女性がいた。普段は真面目そうな顔で毅然とした態度をとっている人なのだが、酔い始めると雰囲気が変わってしまう。妖艶さが滲み出てきて、普段は絶対に見ることのできない魅力が一気に噴出してくる。それだけに飲みに誘われることも多かったようだ。
 大人の妖艶さがあるにもかかわらず、普段は見せない甘えたところが幼さを誘う。そんな女性に人気が集まるのは当たり前で、密かに思っている男性もかなりいただろう。
 だが、そんな彼女もある時を境に、呑みに出ることがなくなってしまった。
「男でもできたんじゃないのか?」
 そんな噂で持ちきりだった。あれだけしょっちゅう呑み会には顔を出していた彼女が、ピッタリと来なくなったのだ。彼女の来ない呑み会だと参加者が減ってきて、呑み会も自然消滅してしまった。そんなこともあって皆個人で自分の馴染みの店を探していたのだが、私にとって見つかった店が、スナック「レイン」だったのだ。
 そういえば芳恵は、その時の彼女に雰囲気が似ている。酔い潰れることはなかったが、どこか妖艶な雰囲気があり、それでいて普段は真面目で毅然としていそうだ。私が芳恵に惹かれた理由はそこにもあるのだ。
 芳恵のことは店の中でしか知らなかった。何度も店に通っていて、いつも一緒に話をしているので、店の外で会うことも可能だろう。だが、なぜか誘ってみようとは今まで思ったことがなかった。なぜなんだろう?
 極端なのかも知れない。キャリアウーマン顔負けの、目つきの強そうな毅然とした態度で、男を近づけない雰囲気にも感じるし、逆に精一杯に毅然とした態度をとるのだが、オドオドしていて、落ち着きのない少女の雰囲気を残した女性を感じることもある。
 一体どっちなのだろう?
 どっちも芳恵なのかも知れない。どちらも想像できるということは、どちらも芳恵だと思えてくる。そういえば、いつも一緒に呑んでいた女性にも二面性があったような気がする。芳恵にもそんなところがあるのだ。神秘的で、妖艶で、それでいて、態度は毅然としている。そんな女性に私はいつも惹かれてしまう。
 あまり強くないカクテルを飲んでいるはずだったので、酔いが廻ってきていることに気付いたのはかなり経ってからだった。いきなり廻ってきた。
作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次