暁の獅子 黄昏の乙女
パーティーも宴酣の頃、踊り疲れたシルヴィーはそっと人目を避けてテラスに出た。
春の宵は昼間と違って風も冷たい。その風が、踊り続けて火照った肌には心地良くて、周囲に人の気配がない事に油断してしまったのだ。
ヴェールをそっと上げて、風に白磁の頬を晒した。
そしてそのまま、広間の灯りから逃れるようにテラスから庭へと降りて行った。
月明かりに幻想的に浮かび上がる庭先を漫ろ歩きしながら、シルヴィーは慰労と称したパーティーの趣旨が推測通りである事に確信を持っていた。
王妃候補として集まった姫君達に、最初のダンスを申し込む将来有望な貴公子達。
カストルと国交のある国の公用語での会話。
そして次々とダンスを申し込んでくる素性不明の貴公子達。
最初のダンスは王妃候補の自覚があるなら断るべきだ。
社交の場において、最初と最後のダンスはどんな無礼講の席であろうと伴侶か恋人と踊るのがルールだ。
だから王妃候補の自覚があるなら、王のいないこの場では誰の申し込みであっても最初と最後の曲は申し込みを断るべきなのだ。
王や王妃自らが、国交のある国の公用語を操る事は、来賓を迎えた折のスムーズな会話が成立する為に必要だ。外交面に於いて相手の国の言葉が解るか否かは重要な要素である。
素性不明の貴公子達の中で、王妃と踊るに相応しい身分の者を迷う事無く選ぶ目は、立場上大切である。王と王妃が対立した場合、スキャンダルが命取りに繋がるのは王妃の方だ。保身の為にもくだらないスキャンダルを避ける手腕は必要なものである。
「審査方法を考案した者はかなりの切れ者のようだ」
小声で呟いた途端、気配のなかった近くの茂みが音を立てた。
咄嗟の事に驚いたシルヴィーは、ヴェールを上げている事を忘れて振り向いてしまった。
その瞬間、視界に入ったのは…………
太陽神の化身かと、思った。
月明かりの中でも輝く黄金の髪。海のように青くけれど月の光には決して溶け込まない強い輝きを放つ瞳。
端整な、美貌としか表現出来ない顔立ちでいながら男らしく凛々しく意志の強さを秘めている。
ヴェールを上げたままである事も忘れて、魅入られたように凝視してしまったシルヴィーは、相手もまた自分を凝視している事に気付いていなかった。
作品名:暁の獅子 黄昏の乙女 作家名:亜梨沙