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暁の獅子 黄昏の乙女

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「……」

(あの王様はっ!)

 その人影が視界に入った途端、エクラー・ビジューは、らしくもない罵りの言葉を脳裏に浮かべてしまった。
 幼馴染みにして敬愛する若き君主が、どうしてこんな所に紛れ込んでいるのだろう。
 確かに生涯の伴侶を迎えるのは彼自身であるのだから、選ぶ権利は本人にある。
 しかし国王とは謂わば公人であり、レオニードという個人が優先されてはならない立場なのだ。その妻たる王妃もまた然り。公人たる立場に立たねばならない王妃を、それでもレオニード個人を無視しない為に、花嫁候補を広く募りその中から選ぶ事にしたのだ。しかも候補を絞った後は王本人の意思で選ばれる事になっている。
 その為に態々こんなお祭り騒ぎを開いているのである。
 この騒ぎに懸かる費用が膨大な物である事は、何も国庫に関わる者でなくとも容易に想像が付く。膨大な費用を投じて開いたお祭りを無碍にする心算なのだろうか、あの君主は。
 内心で苦虫を噛み潰しながらも表面上は飽くまでもにこやかに、エクラーはライドを伴って広間に降りてきたレオニードに滑るように近付いた。

「一体どういうお心算ですか?」

 ライドがエクラーの雷を恐れて首を竦めるのを横目にしながら、エクラーは平然としている主君を睨んだ。レオニードが平然としているのは、この場でエクラーが雷を落とす事はないと承知している為だろう。こんな所でレオニードの正体を暴くわけにはいかない。そんな事をしたら、間違いなく混乱を来たし大騒ぎになり収拾が付かなくなる。
 現状を鑑みて静かにしてはいるエクラーは、本気で怒ってはいないものの、充分に不機嫌ではある。

「怒るな、エクラー。ライド・ヴェンタールの従兄弟のレオン・コキールとしてなら、この舞踏会に出席しても構うまい」

 隠し切れない気品を誤魔化して街中へ出ていく時の偽名を名乗るレオニードに、エクラーは溜息を吐く。
 唇に笑みを浮かべて軽く片手を振って流してしまうレオニードに、エクラーはがっくりと肩を落とした。滅多にない王の茶目っ気だと理解ってしまったのだ。
 こんな時、王が事態を楽しんでいる事を理解ってしまうと、咎めるのも何だか気が引けてしまう。
 四年前、先王が急逝した為に、未だ22歳の若さで王位を継ぐ事になったこの幼馴染みは、立場も確立せぬ内に隣国の侵略からこの国を守り抜き、最小限の被害で敵国を退けた手腕が、国民の圧倒的な支持を受ける要因となった。
 未だに戦で失われた民の命を唯の一つも蔑ろにしていない王は、建国記念の日には非公式に戦没者の墓地に詣でている。
 君主として、民を思う心は歴代の誰よりも篤い。
 そして本来は気性が激しい筈の王は、戦の所為で負った負債を抱え込みながら善政を布いてきた。常に冷静沈着にして厳格な王である為に、強い自制と弛まぬ努力を続けている事を,エクラーとライドは知っている。
 だからこんな時、些細な悪戯を企む王を本気で咎める事はライドにもエクラーにも、うるさ方の重臣達ですら出来ないのだ。

「誰か、お目当ての姫でもいるのかい?」

 正体がばれる事のないように、早速唯の幼馴染としてレオニードと対等な口を利くエクラーに倣って、ライドも普段人前では決して取らない親しげな態度になる。

「何、エクラーばかりが噂の姫君と言葉を交わしているのは不公平だと思ったものでな」

 ライドを肩に寄り掛からせた儘、口元だけに笑みを浮かべて答えるレオニードに、エクラーもライドも驚いた。
 宮廷に顔を出す美姫にも、傍近くに仕える侍女にも関心を示さず、体が要求する時は身を窶して都に出て玄人の女性を相手にしてくる若き王が、『噂』の姫君に関心を持っただけでも大した事だと思わずにはいられない。

「ふう、ん。………だったら、あの姫君と後で踊る約束を取り付けてあるのだけれど、その権利は君に譲ってあげるよ」

 片目を瞑って茶目っ気たっぷりにおどけて見せるエクラーに、レオニードは苦笑した。
 レオニードとしては、シルヴィーと名乗る姫の本心が何処にあるのかが疑問だったのである。ヴェールで顔を隠すような慎み深い姫だというのなら、こんなお祭り騒ぎにしゃしゃり出ては来ない筈である。人の気を惹き付ける計算だと言うのなら頷けない事もないが、そんな小手先の小賢しさを必要としない気品も覗えるのだ。
 レオニードは、他人を見る目には多少なりとも自信があった。だがあの姫だけは杳として本心が覗けない。
 間近から自分の目で見極めたいと思ってしまったレオニードは、自分を動かしたものの真実の姿には未だ気付いていない。


作品名:暁の獅子 黄昏の乙女 作家名:亜梨沙