暁の獅子 黄昏の乙女
シルヴィーとエレンを載せた二頭立ての馬車を駆るリオンは、城へ直行はしなかった。
ここ数日、身を窶して見て回った場所の一つに都大路の東西南北の門前広場で開かれている市場がある。
それぞれに特徴があり、豊富な物資が取引されている。
シルヴィーの目当ては、南の地で取れる作物から精製される砂糖と、カカオ豆と、コーヒー豆だ。
「お嬢様、カカオ豆とかコーヒー豆ってなんですか?」
エレンの住んでいた町は小さな所ではないが、都ほど開けた所ではなく、外国からの輸入品が簡単に手に入るような所ではない。
「……ああ、そうね。エレンが住んでいた町ではあまり出回ってはいないでしょうから」
知らなくても当然だろうと頷いて、シルヴィーは丁寧に説明する。
カカオ豆とはショコラの主原料の粉の元であり、コーヒー豆はカフェという飲み物を抽出する豆である事を説明する。
「ショコラ?カフェ?飲み物なんでございますか?」
「そうよ。ショコラはお砂糖とミルクを入れて甘くして飲むの。カフェはそのまま飲むと苦くて、お砂糖やミルクを入れて飲む事も出来るわ」
「苦いのでございますか?お嬢様はそのような飲み物をお好みになられるんでございますか?」
「カフェは眠気覚ましにもなるのよ。紅茶ほど知られてはいないけれど、元が苦い飲み物だから、殿方も飲み易いのではないかしら?」
感心頻りで感嘆の声を漏らすエレンの無邪気な様子に、シルヴィーはくすりと笑う。
年下の筈のエレンの主人はこんな時、ひどく大人びた顔をする。
エレンはどきりとして息を詰めてしまった。
「でもお嬢様?どうしてお城へ入る頃になってから態々お砂糖やカカオ豆やコーヒー豆をお求めになられるのですか?」
「実を言うと、受付の手続きの時の書類の趣味・嗜好の欄に、『ショコラとカフェ』と書いたのよ」
悪戯を白状するように小さく舌を覗かせてシルヴィーが言う。
大人びているかと思えば子供のように無邪気な表情をする。
エレンは、まだまだこの新しい主人という人が掴めなくて戸惑う事が多い。
それでも、貴族階級に有り勝ちな驕ったところもなく思いやりも深い優しい少女である事は確かなので、純粋な好意を抱いていたのだけれど。
作品名:暁の獅子 黄昏の乙女 作家名:亜梨沙