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東京人コンパ

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 竜飛岬に着くと荷物を降ろして、僕達はスキューバーダイビングの準備に取り掛かった。
「イーグルビール、クーラーボックスに入れてあるから車の中にしまっとくよ」
 幸久という男が言った。
「グローブとかつけるの忘れないでね。僕みたいに手を切るから」
 忠信が言うと、晴菜が、
「あれ、サメと格闘したんじゃなかったんだっけ?」
「何の話?」
 忠信は言った。
 僕達八人はくっついて潜った。
 透明度はいい。スキューバーダイビングスポットかそうでないかは透明度が重要らしい。 
 あと砂浜が続く海より、岩場の方がサンゴや魚を見て楽しむ機会が多いそうだ。ウェットスーツを着ていれば、十月でも潜ることは可能だ。忠信の話では一月、二月に北海道のオホーツク海周辺で潜ることも可能だそうだ。僕達はやらないが。
 海に潜り十メートルくらいの深さに入ったら、メルヘンチックなアニメに出てくるようなクマノミがサンゴの近くでおしゃれにスイスイ動いている。もっと深く潜ると、ツバメウオという体長五十センチメートルくらいの魚が二十匹くらいの群れで、キラキラ光りながら現れた。
 二十メートルくらいの深さから海上を見上げるとクラゲ達が太陽の光のせいで、ところどころ紫に、ピンクに、緑に色が変わり、海上は金より強く輝くブルーの波がゆらゆらと揺れ、幻想的な光景を醸し出していた。
 そこをスイッーとウミガメが三次関数でもない、四次関数でもない、見事な放物線を描いて泳ぎさった。
 忠信が“みろみろ”と合図をするので見ると、「タツノオトシゴ」のオスとメスが、ダンスを踊るように絡み合っていた。
 交尾をするため求愛しているのか、どうか分からないが、少しもいやらしくなく、海の中で鑑賞するものとしては、超一流の出し物のようだった。
 早見が一人別行動気味だったが、一人で戻ってきて“こっち、こっち”と指をさす。
 忠信も了解して、みんなで早見のさす方へ行ってみた。そこは海上で、僕達が潜り始めたところとは違う岩場があった。
 海上に出たと思ったが、そこは太陽の光が少しも射していなかった。
 
 そこは大きな鍾乳洞だった。
 
「立派な鍾乳洞。何か神秘的」沙織が言った。
「ここで少し休もうよ」
 杏が言って、僕も晴菜も賛成した。
「まあ、遅くなって、ショップのオーナーが心配しなきゃいいけど。まあいいよ」と忠信が言った。
 そこの洞窟は鍾乳石が神さびるように、ずっと上から連なっていた。大きい鍾乳石も小さい鍾乳石もある。
「結構広いわね」
 杏の声が鉄琴の音の振動のように確かに鍾乳洞の奥深くまで響き渡らせていた。
「少し休もうか」
 忠信が言ったので皆で鍾乳洞の中で各々の場所に腰を下ろした。
「本当に不思議な場所ね」
 沙織が言った。
「私こういう所好きよ」
 杏が言った。久美を見ると、寒さのせいか、唇が瑠璃色みたいになって、それがいっそう優しい唇のように僕には見えた。久美の髪からぽたぽた落ちる水滴は、どんな高級な化粧水より、高貴なものに思えた。
「なんか杏面白い」
 沙織が言った。
「何で?」杏が尋ねると沙織が答える前に
「私も思った」と晴菜も言った。
「ねえ、何で?何で?」杏が言うと、
「何か杏がこういう場所が好きなんて意外」と沙織が言って、
「私もそう思った」と晴菜が言った。
「何で意外なの?」
 杏に質問した。沙織は優しい目をしている。
「何かねえ、杏て明るくて天真爛漫で、陰りがなくて、気が強くて、いつも羨ましく思うんだけど、そんな杏が、こんな暗くて静かな場所が好きなんて聞くと面白い」沙織は言った。
「そう、そう」
 晴菜も言った。
 杏はしばらく考え込んだように俯いて、考え事をしているような感じだった。そしてやや顔を下向きにしたまま。
「私もいろいろあったのよ」そう言った。
 杏の髪から落ちる水滴も久美のそれと同じように綺麗だった。
作品名:東京人コンパ 作家名:松橋健一