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東京人コンパ

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 一瞬渋谷の群衆がこちらを見る。
 杏のドラムが鳴り響き、音楽が始まった。
「なあ、あれジャックナイフじゃね?芸能界ほされた」
「本物?」
 携帯で僕達を撮るものが現れ急に人だかりになった。
 僕達はひたすら演奏を続ける。
 僕の声が渋谷に響き渡る。
 恐いくらいにドラムもベースもギターもキーボードも僕の声も最高の演出をしていた。
 見ろよ。渋谷の群衆よ。
 僕達は少しも衰えていないぜ。なあそうだろう。少しも衰えちゃいないだろ。
 警察官が複数集まってきた。
 四方から警察官がこちらに来る。
 そこへ、革ジャンを着た若者が警察官を止める。早見の仲間だ。
 一曲が終わり「早見の仲間だ。俺達をかくまってくれている」僕は皆にそう言った。
 そして僕はマイクを持って渋谷の群衆に向けて言った。
「みんな覚えているか?ジャックナイフのボーカル宮澤薫です。こっちは小柳久美」
 みんなざわめいた。
「今日はどこまでやれるか分からないけど、付き合ってくれ」
 二曲目の歌を演奏した。
 暴走族と警官がもめている。暴走族で警察官に止められ撤退するものもいる。
 三曲目を演奏した。
 ついに暴走族の一人が警察官の一人を殴った。それと同時に警官と暴走族のもみ合いはヒートアップした。でもどんどん警察官に押されている。警察官の数も相当だ。暴走族の数は減るが、警察官の数は増える一方だ。このままだと演奏中止も時間の問題だ。
「早見は……早見はまだか」
「もうあちこち殴り合いよ」杏が言った。
 僕はマイクを持ったまま
「おう。やってやるよ。警察官だろうが何だろうがとことん相手にしてやるよ。全面戦争だ。やってやるよ。とことんやってやるよ」
 七曲目の演奏を終えたとき、
「歌はこれくらいにしよう」僕はそう言った。
「みんな聴いてくれ。ジャックナイフのボーカル宮澤薫だ」
「平成という年号ができて何かが変わったんだろうな。変わったんだろうけど、それはきっともっと昔からいろんなことが変わる兆しがあったんだろうよ」
「僕達は虐げられた。公の場から降ろされた。だからこんなやり方でしかみんなに伝えられない。悪いってことくらい分かるよ」
「じゃあ大人はどうだ?集団的自衛権にしても、僕達は今防衛庁の間で何が話されているのか、何の準備をしているのか、何の兵器を持っているのか全く何も分からないよ」
「宮澤薫降りろー」警察官の一人がそう叫んだ。
「もう駄目だ。警察官がここにたどり着く」
 そのときだった。一人の男が僕達の目の前の警察官の頬を殴る。
「早見だ」僕達は皆早見を確認した。
「待たせたな」早見はそう言って警察官複数相手に次々なぎ倒していく。千葉の暴走族もどんどんこちらにたどり着いた。
 警察官も負けない。
「お前達のやっていることは立派な国家公務員に対する業務執行妨害だぞ」警察官の一人がそう叫ぶ。早見は警察官を殴り、野獣のごとく力強い様でこう言った。
「うるせえ。国家が恐くて……国家が恐くて走り屋やってられるかー」
 早見はそう叫び、僕達に続けてくれと目で合図した。僕はマイクを持って続けた。
「僕達は外交のことも防衛庁のことも何も分からない。ただ戦争反対って言っても、その言葉も無知ゆえに軽くあしらわれてしまうのかな。僕は何も知らないけど施設のね。老人介護の施設でね……」
「駄目。もう警察官があんなにたくさん一斉にやってくる」
 そして警察官が近づいたかと思うと警察官が五メートルの高さも宙に浮く。
 警察官が何かの力で吹っ飛ばされた。
「警察官が飛んだ。何?どういうこと?」晴菜が言った。
 そしてそこから影が素早い動きでこちらに向かう。子供……子供が群衆の下を走っている。いやこれは子供じゃなくて、
「久慈君!」晴菜が言った。あのどもりの身長百四十センチくらいの久慈君が合気道で警察官を吹っ飛ばしたんだ。
「つ、続けて下さい。ぼ、僕が時間を稼ぎます。ぼ、僕でも役に立てれば」
 警察官の一人が久慈君に近づく。
「どけクズ」警察官が久慈君に向かって言った。
「こっ、こんなクズでも、こんなク、クズでもこの人達だけは、まともに話をしてくれたんだー」
 そう言って警察官を宙高く放り投げた。僕はマイクを強く握った。
「やってやるよ。上等だ。とことんやってやるよ。国家にたてついてやるよ。やってやるよ。とことんやってやるよ」
「僕の話には続きがあってね。その介護施設のことだ。老人介護施設のおばあちゃんがいつまでたっても寝ないんだ。僕が近づくとおばあちゃんは『宏さん?宏さんなの?』そう訊くんだ。『宏さんて誰?』そう僕が訊くと、普段しゃべらないおばあちゃんがね。『宏さんはね戦争でね。水中魚雷で亡くなったの。私は宏さんのフィアンセだったの。私達は結婚する予定だったの』本当普段は何もしゃべらないでいつも窓の外を見てる可愛いおばあちゃんなんだけどね。その時ばかりはずっとしゃべり続けるんだ」
「おばあちゃんの話ではね。水中魚雷はね。相手の船に向かって体当たりして自爆して当然その人は死んじゃうんだけどね。いわゆる特攻隊だよ。ただね。あの魚雷の仕組みはね。あのつくりってのはね。最後に宏さんが魚雷に乗って皆と別れを告げるんだ。だけどね。魚雷のドアのつくりは外側からは取手はあるけどね、内側には取手がついてないんだそうだ。だから中の人が意を決して自分のタイミングでドアを閉めるんじゃなくて、外の人の力でドアを閉められるんだ。中に入ってた宏さんは外からドアを閉められたって。どんな気持ちだったんだろうよ」
「降りろー宮澤薫―」警察官が叫ぶ。
「やってやるよ。とことん社会にたてついてやるよ。僕達は芸能界からほされて、社会から必要とされない人間だと毎日毎日そんなことばかり考えていた」
「毎日不安だった。でもそれは単に僕が社会から理不尽な扱いを受けたから不安というだけでなく僕の不安の向こう側に何かもう一つとてつもない不安を感じたんだ。漠然たる不安。正体を現すことなく社会から何ら取沙汰も問題視もされない不安」
「僕は自分の本当の姿が社会にさらされるのが恐かった。自分で自分の鏡も見れないんだよ。心の意味でね。でもその不思議な不安ってものは本当に厄介なんだ。僕達は皆東京で生まれて青森に移り住んだ。そこにあった青森の街は決してみんなが農家でズーズー弁を話してて、そう言った社会ではなく、みんなネットを使い、東京と同じようにテレビを観て、僕達よりも東京のことも芸能界のことも詳しい奴らがザラで、そこで僕達が目にしたものは一昔前の東京だった。小さな東京が十和田の街にあった。そこで介護の仕事をした僕らは『こんなの教えられて学ぶもんじゃない』とか『もっと欲求をもって何かしろ』とか、今まで東京では言われたことのないことばかりで、怒られてばかりだった」
「そして僕らは不安になった。僕らは間違った存在なのかなあ。今でもそう思う。僕らはどっか欠陥があるんだ。お金をたくさん稼ぎたいとさほど思わないし、異性に対して積極的な行動がとれない。どっかおかしんだろうよ。僕らは。僕達は消えてしまうのかなあ。消えてゆく存在なのかなあ。人間の淘汰。社会の淘汰。社会のカタルシスによって僕らは滅びゆく存在なのかも」
作品名:東京人コンパ 作家名:松橋健一