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東京人コンパ

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「ありがとうございます」
「そしてキーボードの子本当可愛いですね。あれ?小柳久美ちゃん?」
「はい」
「以前美人高校生ピアニストでテレビに出てた小柳久美ちゃんですよね?」
「ええ」
「いやあ、すごい子を味方につけていますね。このバンド。ひょっとして作曲も久美ちゃんがやっているの?」
「そうです」
「詩は?」
「ボーカルの宮澤薫です」
 久美がそう答えた。
「途中ボーカルが勢いづいたときのキーボードイケてましたよね」
「あれはアドリブで即興です」
「あれがアドリブ?いやでも小柳久美ならできるかもしれない。本当美人だから一人でやった方がいいんじゃない?」
「いや、そんなことないです」
 そしてステージを降りた。
 そして僕達は会場を跡にしようとした瞬間、業界人らしい人が僕達のところへやってきた。
「スマートスタジオというものですが、良かったらメジャーデビューしてみない?」
 僕達はとっさの提案に唖然としていると、杏は真剣だ。
「メジャーデビューよ。願ってもない話じゃない」
「まさか、こんな上手くいくとは」僕が言った。
 しかし僕達が聞かされたメジャーデビューの条件は、僕が歌の途中で気道が開き、久美がアドリブで演奏したそれはまぎれもなく、まぐれだった。それをまぐれでなく、意図的にできるようになること、あの会場を沸かせたような感動をいつでもできるようになること。それには僕が始め、わざと声を抑えて途中からいい声量で歌い久美のイケてるリズムが続く。それができるようになるのが条件だ。向こうは、
「できそうですか?」と言ったのに対して僕はある程度の自信があった。
「場慣れする機会があればできそうです」そう答えた。
 そして僕達は上手くいけば三ヵ月後にメジャーデビュー。その三ヵ月間に東京と青森を往復し、僕達は東京のあらゆるイベントで、大勢の前で歌う機会を与えられた。出演料は皆で三万円、その代わり、交通費とホテル代と食事代は向こうが払ってくれる。マイナスではない。いい条件だ。
 今まで僕達はお金を払って聴いてもらっていたんだ。
 そして僕達は東京と、青森を往復する生活が始まった。沙織や早見や幸久に代筆してもらう始末で、どうしても授業は満足に出れない。時間がないから介護の仕事もほとんど入れないので、とにかくお金に困った。ダーツバーや路上ライブでも自費のCDを売ったり、小銭をもらったりするのも、貴重な収入源だった。
 お金に困るのを早見に話すと、早見はイーグルビールを持って、近くの農家と交渉をしてくる。
 本当に食うのに困っているとき、早見から、
「これ餞別だ」
 と言って、地元の農家とイーグルビールと交換した野菜と米と玉子を僕達に持ってきてくれるので、辛うじて僕は生きながらえた。でも僕と久美は二人暮らしをしながら炊飯ジャーがなかった。いつも一番安い食パンだ。
 僕は東京と青森を往復し、メジャーデビューのチャンス一ヵ月前に控えたときは、もうすでに東京でかなりの人気を集めていた。ツイッターやブログを始めた。そのツイッターやブログは沙織が全部やってくれた。沙織がマネージャーの役割も果たしてくれた。
 こうして僕と久美と、杏と晴菜と忠信はなんとかバンド活動を続けることができた。沙織のおかげで人気も高まった。
 三ヵ月と約束した日まで一ヵ月を切ったときもうCDを収録することにした。いいデザイナーをつけるにはお金がかかるがデザイナー志望の幸久がそのCDのジャケットのデザインを手がけてくれた。業界の人も驚いた。
「このジャケット君達の友達が作ったの?これ素人?ブログといい、久美ちゃんといい、君達は本当にいい人を味方につけているね」そう言われた。
 そしてあれから三ヵ月が経ち僕達は晴れてメジャーデビューを成し遂げた。スポンサーが宣伝してくれたおかげで僕達のCDの売れ行きやイベントの反響は凄かった。
 人気絶頂だった。
 でもイベントの報酬は値が上がったが、CDの売り上げの印税が入ってくるのは、ずっと後のことだったので、しばらくはお金に困ることになった。もう少しだ。もう少し耐えればとりあえず、お金に困らない。
 僕達はメジャーデビューしてからは、まずはラジオ番組に出て、そしてテレビ番組のライブステーションにも出演することになった。
 この頃は学校はほとんど行けなかったけど、先生に土下座して「お願いします」と言って単位を取った。授業のその日に、生放送で朝テレビに出ているんだ。代筆という手はもうつかえない。
 僕は一人でラジオ番組に出た後、モデルの姫原翼という女の子と業界の人でみんなで食事を摂った。なぜ近寄ってきたかよく分からない業界の人だ。モデルも大して有名でもないモデルみたいだ。久美の方がずっと可愛い。
 業界の人が先帰ると言って、僕は少しの間、姫原翼というモデルと話をしてその店を出て別れた。
 青森に帰り、ライブと練習場と大学の行ったり来たりだった。介護はもう夜勤くらいしか入れない。でもそのときもまだお金は稼いでいるものの、僕達の方に入るのは後なので、貧乏だった。早見が農家から交換してくる野菜や玉子が助けになった。本当は米も食べられるようにジャーを買った方がいいと、久美に提案しているのだが、久美は、
「それはまとまったお金が入ってからでいいんじゃない?」そう言うのだった。
「余計貧乏になっちゃうよ」
 そう言っても久美は聞かなかった。
 ある日、僕が家でテレビを観ていると久美が帰ってきた。「ただいま」も言わずに無言で帰ってきた。
「なんだよ。帰ってきたのか。帰ったら帰ったと……」
 久美は腹立たしげな態度で居間に来て僕の目の前のテーブルに何かを叩きつけた。
「どうしたんだよ。久美。この週刊誌……」
 よく見るとジャックナイフのボーカル宮澤薫とモデルの姫原翼と密会デートと書かれている。僕はページをめくった。あの姫原翼というモデルと、この間店を出てきたところの写真が撮られている。僕がそれを確認すると、久美は家を出て行ってしまった。僕は必死で追いかける。
「待てよ久美。違うんだ」
 久美は振り向きもしない。駅の方に向かって歩いている。
「だいたいね。このモデルと居たときはね。最初二人じゃなかったんだ。業界の人といててね。今思えば業界の人じゃなかったかもしれないけどね。なあ久美……」
 久美はすたすた歩いている。方向を変えたので僕は後を追う。
「こんなモデル僕は知りもしないんだ。仕事の話だからと思って食事をしただけなんだ。ハニートラップだよ。つまりは」
 久美はすたすた歩く。
「なあ、久美、落ち着いて考えろよ。僕はほとんど東京にいない。こんな子と付き合っている時間だってないよ。久美そうイライラするなよ」
「なあ久美そもそもそうイライラしちゃうのも僕が思うに、僕達は碌に朝ご飯を食べていないのが原因なんだ。そうだよ。きっとそうだよ。せっかく早見が米をもらってきても」
 久美はすたすた歩く。
「なあ、久美。炊飯ジャー買う?ジャー買おうよ。週刊誌なんてみんな嘘だよ。なあ久美ジャー買う?」
 久美はすたすた歩く。
「なあ久美、週刊誌なんてみんな嘘だよ。ジャー買う?」
 久美はぐるりと近所を周って家に戻った。
作品名:東京人コンパ 作家名:松橋健一