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東京人コンパ

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 そして仙台での歌フェスの日がやってきた。
 僕達は皆で前日に仙台の青葉区のホテルに泊まった。そして前の日の夜、錦町公園で度胸試しに路上ライブをやった。ビールを配っていない僕達には客がポツリポツリだ。やはり僕のボーカルは緊張すると気道が閉まる癖がある。完全に閉まるわけではないが、気道が完全に開いてないゆえの、余裕のなさから声の色気が無くなる。だから一番の目標は普段どおりの声が出るようにすることだ。
「いつもどおりの声を出せばいいだけよ。いつもの声」久美も言う。
「うん。分かっている。頭で歌っているうちは駄目だ。身体で歌わなきゃ。今から練習して急にスキルアップするわけないけど、明日の歌フェスは貴重な体験だ」
 そして二、三曲歌ったところで僕達は警察官に止められた。十和田では警察官に止められたことはまずなかったが、僕達はここ仙台で初めて警察官に止められた。
 そして次の日歌フェスが始まった。東京からプロのミュージシャンが、審査員としてやってくる。司会者もプロの人だ。
 
 僕達はただ圧倒された。
 
 僕達の番も近づいてくる。僕達の五番前の人も四番前の人も演奏をしたが、プロと見分けがつかないくらいの技術だった。
「大丈夫、いつもどおりやれば。演奏慣れは私達も負けないわ。ほぼ毎日。ダーツバーで演奏してたじゃない」杏が言った。
「うん。大丈夫よね。私達ひけは取ってないわよね」晴菜も言うと
「いつもどおりやればひけはとってないわ」久美がそう言った。
 僕達の前の前の人が終わり、そして前の人が終わった。「いくぞ」
 
 そして僕達はステージに立った。

 歌は「タイムボム」久美の作曲だ。
 
 ステージに上がり演奏し始めた瞬間。退屈そうにしていた客達がいくらか顔をあげて、眼をぱっちりさせた気がした。本当のところは緊張して何も覚えていない。

ここは生存競争。

手ごたえが全く分からない。

それがすごく恐かった。

いい結果であれ、悪い結果であれ、手ごたえさえ分かればどんなに楽になることか。

ああ、スポットライトが眩しい。

雑居ビルのように狭い席に閉じ込められた客達が、

僕達を見ている。

すごい数だ。この視線で僕達の身体はバラバラになってしまうのでは、

そんな気がした。

僕の中で何かがはじけた。

最高だよ。最高に気持ちがいいよ。

そして同時に僕の気道が確実に開いたのを感じた。
その瞬間、その合図をするように久美がアドリブでいつもと違った複雑でイケてる演奏をした。
 それが本当にイケているんだ。
 僕達が確実に変わったと同時に久美がイケてるアドリブをするんだ。客席から
「オー」という歓声が上がった。
 その後のことは何も覚えていない。
 演奏を終えると司会者からインタビューを受ける。
「途中の勢いの変化は狙ってやったんですか?」
 そう訊かれたので、
「いやまぐれです」僕はそう答えた。
「あれまぐれなの?まぐれでああなる?」
 そして僕達はステージを降りた。
「ドキドキした。死ぬかと思った」と杏が言った。
「終わったよー。良かった。やりきったよね。私達やりきったよね」晴菜も言った。
「それにしても薫のボーカル、声がよくなった瞬間、久美ちゃんがアドリブ入れたよな」と忠信が言うと
「分かった?」久美が言う。
「そりゃ分かるよ」皆が一斉に言った。
「僕はあのアドリブで救われた。あのアドリブが僕に合図を送ってくれた。ありがとう久美」僕はそう言った。
 そして僕達は、後はリラックスして他のミュージシャンの演奏を聴いた。自分達の演奏前は、みんなの演奏がプロのように聴こえたが、こうリラックスして改めて聴いてみると、みんなどこかおかしいなと思うところがいっぱいある。でもレベルもキャリアもみんな僕達よりも上をいっているだろう。
 みんなの演奏が終わり、発表のときが来た。
「今回の優秀賞は……」
「モスクレードです」
 僕達ではなかった。優秀賞を取ったアーチストがインタビューされる。そしてスポンサーつきメジャーデビューの約束がされる。彼らのCDが全国店舗で発売されるのだ。
 そして、「特別賞の発表です」
 残る発表は、特別賞だ。
「あの会場を沸かせたジャックナイフです」
 僕達が選ばれた。
 僕達はステージに上がった。杏と晴菜は涙ぐんでる。
 司会者はまず、僕にインタビューをした。
「ボーカルの宮澤君。いい声を持っていますね」
作品名:東京人コンパ 作家名:松橋健一