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東京人コンパ

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 週に二、三回のダーツバーでの演奏も口コミで広がり、ダーツバーにも客が大勢来ることになった。ダーツバーでは僕一人がソロで歌うときもある。そして僕達は九月に仙台のセミプロ達が集まる大きなライブハウスで演奏することになった。それはただのイベントではなく、ライブでもありオーディションでもある。歌フェスタまたは歌フェスと言ってプロが僕達の音楽を聴きに来る。東京、名古屋、大阪、福岡、仙台、札幌の六ヵ所で行われるオーディションだ。僕達のバンドは確実に人気が上がっていたが普段の青森での一回のイベントでもらえる謝礼金はだいたい二万円程度。交通費は自腹だ。それをビールを配っている早見達も含めて割れば、みんな食事代と交通費で消えていく。だから介護の仕事も頑張らなきゃいけない。大学の授業はみんなで同じ講義をとって、みんなで代筆をするのだ。

 僕も夜中の二時までボーカルの練習をして久美と会って四時に帰った。シャワーを浴びて上がったら八月だからもう朝日が出ていた。
“もう朝か。今日の講義は僕が代筆の番だ。休むわけにはいかない。寝ると昼まで目が覚めないからこのまま起きとくか。そうだ。ブラックのコーヒーでも飲もう”
 しかしコーヒーメーカーをセットしているととてつもない睡魔に襲われた。
“三十分だけ寝るか”
 僕はベッドに横になった。
 僕は完全に眠ってしまった。携帯の音で目が覚めた。久美からだ。
 やばい。もう朝八時だ。すっかり寝ちゃった。
「薫?起きているの?今日薫が代筆の日だからね。ちゃんと学校に行ってね。私達はこれから介護の仕事」
「うん分かった。もうすぐ行くよ。起こしてくれてありがとう」
 僕達はお金はなかったが多忙だった。介護の仕事、レッスン、ダーツバーでの演奏、ステージは毎日一室を借りている。夜の十一時から午前二時の安い時間帯だ。僕は多忙なのにお金がなかった。久美もそうだ。そして僕と久美は夜中によく会う。僕は久美に話を持ちかけた。
「このまま二人で暮らしちゃおうか。僕は朝弱いし久美が起こしてくれる。家賃も二人で払えばうく」
「名案ね」
 久美もそう言った。
「じゃあ、一緒に暮らそうか。同棲しよう」
「うん。一緒に住もう薫」
 久美が僕にキスをした。
 二人ではしゃいだ。お互いキスをしあった。僕も久美の顔のあちこちにキスをした。
 そして久美は家を引き払い引越しをすることにした。僕達が同棲することを皆にも伝えなければいけない。皆でダーツバーに行ったとき、僕は皆に僕と久美が同棲することを伝えた。
 飲みながら、皆はそれを祝ってくれた。
 杏は僕のところに来て小声で、
「よかったわね」そう言った。
「ありがとう」
「もう久美と公認で付き合うんでしょ。結構前から分かってたけど……」
 そして杏はやや天井のほうを見るような上向きで
「もう私の出る幕じゃないわ」
 そう言ってウィスキーのロックを一気に飲み干した。
 晴菜も僕に近づいてきた。「私ね、あなたに想いがあったけどね、絶対あなたのこと忘れないとかいうと迷惑でしょ。いろんな想いがあるけど、あなた達の幸せを願うわ。幸せにね。バンドでは仲間だからね。たまに話聴いてね」
 沙織も僕の隣に座った。「そうなると思った。私はあなたのことはあきらめるけど、友達として、これからも一緒よね。もちろんあなた達の邪魔はしないわ。それだけは守る。久美を幸せにしてね。久美を泣かせたら許さないからね」
 そしてその晩最後の一人暮らしとして家に着いた。ダーツバーでもイーグルビールを八缶くらいは開けたのに。家でウィスキーをロックで飲んだ。本当に浴びるように飲んだ。
 
 もう中途半端なことはできない。僕は久美と暮らすんだ。
 愛しい、杏、晴菜、沙織、さようなら。君達の不器用な生き方が愛おしい。
 でも君達とは付き合えない。
 愛しい女性達よ。
 僕は一人の女性しか愛せない。
 普通の発想からして、そうするべきなんだし、ただものごとが、なるべきとおりになっていってるんだ。愛しい女性達よ。チームとしてこれからも宜しく。
 ああ、もう朝日が出てきた。
 僕はウィスキーのロックをグイッと飲み干した。
 愛しい女性達よ。
 今はもう懐かしい。
 僕は悪い人だよ。
 ごめんね。
 
作品名:東京人コンパ 作家名:松橋健一