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東京人コンパ

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 僕達はバイト先がないということで介護を始め、一ヵ月が経ち給料をもらうことになった。そしてボーカル教室十和田校に通い、忠信はギター、晴菜はベース、杏が、ドラムを買った。そしてそれぞれ教室にも通った。

 ボーカル教室で僕はまず一つの歌を選択することを言われた。いくつもの歌をいろいろ歌うよりまず一曲の歌を完璧に丁寧に歌えることの方が大切だそうだ。
 僕は練習曲を選んだ。
 まず呼吸法から始まり、発声の練習をする。先生が言うには僕の声は全然お腹から出ておらず、喉元だけで声を出しているらしい。正しい姿勢で身体の力を抜いて、ひたすら「アー」か「オー」とか発声の練習をする。最初は歌なんて、二曲か三曲しか歌わない。

 ほかのみんなもそれぞれ練習した。
 僕達が歌に打ち込んでいるのに幸久も早見も何もしないのが嫌だと言って、幸久は毎日絵を描いた。もともと幸久はこの美大に来るのも確たる信念をもって本気で絵を学んで、デザインを学び、世界で通用するグラフィックデザイナーになりたいのだそうだ。一方早見はお笑いに興味をもった。コメディアンを目指し、コントの全国大会に出て、優勝したいと言ってる。
 早見は確かに面白いやつだ。でもそれは早見が狙って面白いことをいっているのではなく、素の早見が面白いだけだ。きっと早見が狙って考えたお笑いはあまり面白くないだろう。
 でもみんなそのことに触れないようにした。

 僕達五人はステージを借りて練習した。
 最初はみんなボロボロ、ミスだらけだった。
「どうする?三ヵ月後バンドの発表会あるけど、私達の今のレベルじゃ、参加することもできないわ」と杏が言った。
「恥をかいてもいいから参加したほうがいいよ」と忠信が言う。
「みんなは音が外れても少しの恥でも、僕みたいなボーカルはみんなから見られるから、下手だったら、本当それこそ赤っ恥だよ」僕が言う。
「大丈夫よ。こういう発表会は結構、素人が集まるからそんな難しく考えないで」久美はそう言った。
 その日も夜の十二時まで練習して解散した。
 みんなポツポツと帰り、僕と久美だけになった。僕は久美ともっと話していたかった。あの十和田湖のロッジのことは夢だったのか。久美ともっとコミュニケーションをとりたい。ふれあいたい。
「久美」
「何?宮澤君」
「僕のアパートに来ないか久美がよかったら」
 久美が僕を凝視した。
 マジシャンの手つきに注目するような強いまなざしと沈黙があった。
 「私……」
 僕は黙って聴いた。
「私、鍵のことがずっと心の中にひっかかっているの。私は罪びとなんだ。でもそんな私のことを受け入れてくれるのなら、私の鍵についてのつまらない話を一晩中聴いてくれるのなら私あなたのアパートに行っていいわ」
「何でも聴くよ」
 そう言って久美は僕のアパートに来た。
「あがって」僕はそう言った。
「お腹はすいてないだろ。ワインでも開ける?」
 そう久美に尋ねると、
「お腹は減ってないけどワインはいただくわ」
 僕がワインとワイングラスを用意すると、久美はセーターを脱いだ。
 久美の胸のラインが心地よく見える。
 二人はワインで乾杯した。二人でワインを飲みながら、久美は
「鍵のこと」を話した。その久美の話には、償いの気持ち、あるいは罪びとの意識とまた自分の正当性といった両極端の想いが存在した。
 僕はひたすら久美の話を聴いていた。二人で何度もワインをおかわりしてボトルが空になりそうなときだった。
「そのベッドに座っていい?」久美が言った。
「いいよ」
「あなたも来て」
「うん」
「それと宮澤君あなたの下の名前の薫って呼んでいい?」
「いいよ」
「薫」
「久美」
 ベッドの時計は深夜二時を回っている。
「久美キスしようか」
 久美が黙って目を瞑った。
 僕達はキスをした。
 久美は悪戯をする子供のような笑顔で、
「私を愛してる?」そう訊いてきた。
「もちろん」
「じゃあ、薫に訊くわ。私がね。もし悪い人にさらわれて人質になって、身代金を要求されたら、それも一億とか二億とか要求されたら、どうする?」
「いくらでも払うよ。何が何でも久美の安全を優先する」
「でも、そのお金どう用意するの?」
「銀行から借りて、そのあと、一生払い続ける」
「借金まみれじゃ、私を幸せにできないじゃない」
「じゃあ、バンドで売れる。ミリオンセラーになって、一気に借金を片付ける」
 久美は笑った。
「子供みたい。薫ちゃん。分かった。私の大切なものをあげる。大丈夫よ。こないだみたいに」
 久美はそう言って僕の服のボタンに手をかけた。アイススケートの靴ひもを一つ一つほどくように丁寧にボタンをはずしていった。僕は上半身裸になった。久美も服を脱いでブラジャーとスカート姿になった。
 そしてまたキスをした。
 久美は言った。
「私達似た者同士よね」
「うん。そうだね。よく似ているね」
 久美は決して僕達の暗い部分、その本質に触れずに話すように、努めているようだった。ただ、
「似た者同士」というだけで二人が通じ合うのだ。お互いの暗さも痛みも分かち合うのだ。
「薫」
「久美」
 またキスをした。そして二人でベッドに倒れこんだ。僕は久美の下の服も脱がして自分も裸になった。
「優しくしてね。痛くしないでね」
「うん」
 僕は久美の身体を愛撫してまた、キスをした。おでこにも、頬にもキスをして、髪をそっと撫でては、またキスをして抱き合った。
「入れていい?」
 僕が訊くと、久美は「コクッ」と頷いた。久美の中に入ると久美は、
「うっ」と言って痛がった。
「痛い?」
 僕が訊くと、
「ゆっくり、そっとね」
 そう言った。夢の中の久美は少しも痛がらなかったが、今回もロッジと同じで久美は痛がった。現実は違う。久美は痛がっている。僕は少しまごついた。
 僕はゆっくり動かした。久美は痛みをこらえながら僕の身体にしっかりしがみつくように僕に抱きついた。しばらくすると久美は電話の受話器にそっと小さな声で話すように、僕の耳元で、
「気持ちいい」そう言った。
「一緒に気持ち良くなろう」僕が言うと
「もっと」久美はそう言った。僕が大きく腰を動かしても久美はずっと、
「もっと」と愛らしい声で言うのだった。
 僕と久美は二人で気持ち良くなった。
 二人で、「気持ちよかったね」そう言った。そして僕は冷蔵庫から缶ビールを二本持ってきて、二人でベッドの中で飲むことにした。
「また今度会ったときもしようね。薫」
「もちろん」そう言った。
 二人でビールを飲みながら、
「薫は何月生まれで何座?」
「僕は九月生まれのおとめ座だよ」
「私も九月生まれのおとめ座」
 二人の星座が一緒だったことで僕達は興奮した。
「でももう過ぎちゃったね」
「来年はお互いの誕生会しようね」
「おとめ座について調べてみるわ」そう言って久美はスマホを手に取った。昔、人間が仲良く暮らしていた時代は神もまた地上で人間と仲良く暮らしていました。しかし後に現れた人間達は争ってばかりだったので、神は一人ずつ天に帰ってきました。
作品名:東京人コンパ 作家名:松橋健一