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東京人コンパ

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 介護の研修はまず寝たきりの八十五歳男性老人がだんだん認知症になっていき、夜、徘徊をして転倒してしまうという例をとった。
 それと七十九歳の嫁が介護をして、疲れ果て、保健所に相談に行き、そこで地域包括支援センターというところを紹介され、ケアマネジャーがつき、認定調査が行われ、介護度がつきサービスが開始されるということだ。そういう制度ができるまで老人福祉法、老人保健法、介護保険法というものがあって、介護保険の制度つまり法も三年に一度改正されるということだ。
 
 ケアマネジャーは地域の事業所と老人の息子などの家族、双方の要望を聴いてサービスを調整するのが本来のやり方らしい。ただ嫁がもし、心身疲れ果て急を要する場合、認定調査が降りる前にサービスが開始することもあるらしい。
 サービスが再開してもケアプランの見直しを最低毎年するために、アセスメント、モニタリングというものも必要になる。その材料になるのが日々現場で働く僕達ヘルパーの観察記録が大事なのだそうだ。したっぱだから、責任はあまりないということは決してないそうだ。現場だからこそ低栄養、脱水、便秘、褥瘡、抑うつ、認知症の進行にいち早く気付かなくてはいけない大事な仕事だ。
 いろいろな状態の変化のバイタルサインとして、毎日、血圧と体温と酸素飽和の濃度を測る。血圧が高いときは入浴を中止したり、とんぷくの薬を飲む、薬を飲んでも目が回ると言われれば、ベッドの頭の方をギャッチアップといって高くする。
 入浴は中止にしてしまったが血流の流れが悪く衛生的でないときは足湯に浸かりながら、清拭というのを行う。温かいタオルを何枚も使って体を拭くのだ。そのタオルを十枚使うのも珍しくない。タオルは惜しまない。熱々のタオルを使う。体の体温が下がるのだけは防がなくてはいけない。
 
 食事も塩分の多い食事は、血圧との兼ね合いでよくないらしい。ただでさえ減塩の食事をしなくてはいけないのに年をとると味覚が衰え、濃い味付けを好んでしまう。
 だから味噌汁はだしを多く使い、味噌を少なめにする。漬物の塩分の代わりににんにくやしょうが、しそ、レモンの汁、肉には塩分を少なくして、胡椒を振るなどの工夫をする。
 一つの病気をとってもいろいろ食事に気をつけないといけない。よくご老人は
「もう長くないんだ。好きなものを食べさせてくれ」
 と言ってきたりする。そのときこそヘルパーの腕の見せどころだそうだ。
「先生、実際そんなときはどんな言葉をかけてあげればいいんですか?本人の言うとおり食べさせていいのですか?断るとしたら……」と僕が言うと
 僕の質問に先生は何か曖昧な返事をした。結局答えという答えを教えてくれなかった。

 僕達はこの講義で二人の先生に出会った。
 そのうち一人の先生である後藤先生が強調していることは介護は綺麗ごとじゃないということだ。
 先生の話はこうだ。「よく自分は優しい人間だと思っている人がいるけど、毎回徘徊が激しく転んでしまう可能性のある老人の立ち上がりに気付き、すぐ側に駆け付ける人、気付きもしないが自分が優しいと思っている人どっちがいい?転倒して骨折をして今までの生活が一変して寝たきりになった人の気持ちは分かる?」
 
 もう一人の生田先生の強調していることはこうだ。人間にはいろいろな苦痛があります。その人間の苦痛の中で一番苦しいものとは何か分かりますか?
 皆が先生の話に集中した。
「自分が必要とされていないと感じることです」
「もし私だったら苦痛を取り除くことができなくても、痛みを分かち合うように親身になって『何もしてあげられなくてごめんなさいね』と寄り添うだけでもします。医者のように薬を処方できない、理学療法士のようなリハビリもできない、でも私達介護員の役割はそうやって傍でいつも寄り添うことです」
「人から必要とされなくなることが人間にとって一番の苦痛です」
 そうして僕達は初任者研修を終えることになり、修了書をもらうと同時に講義を受けた生徒と二人の先生と市内の串揚げ屋で飲むことになった。
 
作品名:東京人コンパ 作家名:松橋健一