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東京人コンパ

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 僕はまたいつもどおり十和田キャンパスの大学に通った。僕の父の事件のことも久美の父の事件のことも、それなりに大学でうわさになって広まった。
 でもダーツバーに来るいつもの東京人は、僕に優しくしてくれた。一週間もして久美が退院したが、久美は自分の口から発注に細工をした話の謝罪を、はっきりとした罪人になりたかった。皆からお嬢様と思われるのが窮屈だった。といった話をずいぶん長い時間をかけて、まとまりのない話だったが、とにかく僕達の前で謝った。
「結局、ここにいるみんな、それなりに心に傷があったり、トラウマがあったり歪んだ境遇にいたってわけね」杏が言った。
「家が荒れてんのは俺んちだけかと思ってたけど、まさか久美ちゃんの家まで、そのなんというか、普通ではない境遇だったなんて、やっぱり聴いてみないと分からないことってあるなあ。みんなそれぞれあるんだなあ」早見が言った。
「気落ちすることないよ。気落ちしている場合じゃないよ。現に俺達は生きなきゃいけない。普通に学校に行き、行きたくない日でもバイトをさぼりたくても、行かなければならない場所には行かないといけない」忠信もそう言う。
「それが難しいんだよ」僕はそう思わず言ってしまった。
「それはみんな同じだろ」
 忠信は熱くなった。
「学校がやだ。バイトがやだ。そう言って部屋に引きこもっていていいのか、なんとかして戦うんだ」
「そう言ってもね。私もバイト先で意地悪な店長がいるの。ビデオレンタルのバイトだけど、でもここ十和田はバイト先が、そもそも少なくて、他に移りたくても移れないでしょ。辞めたくても辞められない。この世の中理不尽って私には耐えられないな」晴菜が言った。「そんなときは何か活動をするのよ。スポーツでもいい、ダンスでもいい、音楽でもいい。明るくポジティブになれる活動をするのよ」久美は言った。
 久美の言葉にみんな真剣に食いついた。
「活動かあ」忠信は言った。
「そういった感じで僕はスキューバーをやっていたけど、みんなと同じ活動ができればもっといいなあ」
「スキューバーみたいに一回に二万も三万もお金がかかるものじゃないのにしようよ」杏が言うと
「音楽活動は?久美ちゃん音楽の教養あるんでしょ?」晴菜が言った。
「そう、私も宮澤君にボーカルをやらないかって勧めたんだけど」
「宮澤君がボーカル?それいい」沙織が言った。
「ねえ久美ちゃん。私達でもできるかしら?バンドを結成するとかさ」晴菜が言うと
「私は……私はよく先生からこう言われてたわ。あなたには素質がある。才能がある。いい演奏をして、グランプリをとって。でもね。それは学生のレベルのグランプリね。大人の音楽活動とは言えない。なにかあなたには音楽をするうえでの必然性というものがかけているの。なぜあなたが音楽をやっているのか?父から勧められたから?そう育ったから?私には久美ちゃんが、音楽の環境に囲まれて育ったから音楽をやっている。そうとしか思えないときが、ときどきあるの、ってね」
「先生に言われたんだ」
 忠信は言った。
 久美は続けた。
「でもね。私ね。いつも先生の言っていた必然性、必然性という言葉、そのことばっかり考えてたんだけど、精神的に病んでしまって、正確に言えばもっと前から蝕んでいたんだけど、蝕んでいる自分を鏡で見るように、はっきりと見て、不安になった。そしてなんとか自分も癒やしたい。何か活動をしたい。そう思って今までとは違う形で音楽をやりたい。そう思ったの」
「やろうよ。音楽。ダメでもともと。俺達は皆心に傷をもった者同士。やらなくてどうするんだよ。失敗したっていい。やらなきゃ何も始まらない」と忠信は言った。
 音楽をやろう。
 僕達はその後もダーツバーでイーグルビールを、いつもの倍は飲み語り合った。
 とりあえずバンドに参加するのは、僕と久美と忠信と晴菜と杏だった。沙織と幸久と早見は参加しないで応援をするのだった。
 僕がボーカル。久美がキーボード。忠信がギター。晴菜がベース。杏がドラム。みんなそれで意見がまとまった。
 僕は早速ボーカルレッスン十和田校にプロフェッショナルコースで習うことにした。ただみんなやる気はあったが、音楽活動する上で、困ったのはお金だった。バイトをしたくても十和田にはそもそも店が少なく、バイトの応募率も五十倍を超えるのだ。それでも一日三時間のバイトなら就ければいい方で、みんなバイトにありつけなかった。職業支援センターにも相談した。
「バイトねえ。ここ十和田はそもそも求人がないからねえ。東京でバイトをすることはできないの?」
「僕はここ十和田に住んでいるのです。十和田でバイトがしたいんです」
「せめてなんか資格とかあればねえ。医師とか教師、タクシードライバーの免許。臨床検査技師とか、学生じゃあねえ。今の時点じゃ高卒扱いだからねえ」
「何でもします。お金を稼げるんなら」
「本当に何でもする?じゃあ例えば、介護とかは?介護は辞めていく人も多いから、ちらほら職業支援センターも求人が入るけど」
 それを聞いた僕はダーツバーに向かった。
「介護?そっか大学生でもできなくはないか」杏が言った。
「でも学校に行きながら介護なんてできるの?」と晴菜は言った。
「例えば遅番で夕方四時から夜十時くらいの仕事を募集しているところもあるらしい。夜勤だと夕方五時から次の日の九時まで、次の日学校があると厳しいけど、金曜や、土曜の夜ならできなくもない。あと訪問介護だったら働きたい時間に働けるらしい」
「面白そう。私やりたいわ」久美が言った。
「下手なバイトよりずっと面白そうじゃないか。社会勉強になる」と僕も言った。
「じゃあ、その初任者研修っていうやつみんなで受けてみる?」杏は言った。
 そういうわけで、僕達はみんなで研修を受けることにした。
作品名:東京人コンパ 作家名:松橋健一