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東京人コンパ

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 「全くあてがなかった。やみくもにここにきた。どうしても君に会いたかった」
 「不思議。私も宮澤君に会いたい、会いたいってずっと願っていたの」
 「君と話がしたい」
 「私今ここから抜け出すわ」
 「大丈夫なの?」
 「朝までに帰ればばれないわよ。ここは監視が適当だから」
 「じゃあ、行こう」
 「ちょっと待って。今準備するわね」
 久美はフルートや食べ物を手提げに入れ、そして聖書とふわふわのスリッパを持ち出した。
「これ持っていくの手伝ってくれる?」
「ああ」
 結構な荷物だった。そうして久美は窓に体を寄せ、そおっと外へ出た。
「靴この下ばきしかない。でもスリッパを持ったわ」
 僕達は法を犯した男女が国を逃亡するかのようにその病院を抜け出した。
「この森林の奥にロッジがあるわ。夜は誰もそこには入らない。そこまで歩きましょ」
 僕達は夜の神秘を奏でる湖に背を向けて森林の中に入った。
 波がたまにバシャバシャとたてる音は、自分達が今している行いの罪悪感をかりたてるようにも聴こえれば、許容してくれているようにも聴こえた。
 森林をしばらく歩くとロッジがあった。
 僕達は中に入った。中に入りドアを閉めると久美はドアの横に木の板を斜めに立て掛けた。
「これで鍵の代わりになるわ。中には誰も入れない」
「そうだね」
 ロッジの中にはベッドとテーブルと暖炉があった。キッチンもある。食器も皿もコップもある。まるで人の家だ。
 久美がマッチで暖炉に火をつける。
「これで暖まる」
「そうだね。暖かい方がいいね」
 僕が言うと、
「裸でもいられるように暖めるわ」
 僕は久美が冗談で言っているのか、本気で言っているのか分からなかった。
 久美はテーブルの上のキャンドルに火をつけた。久美と二人でベッドに座った。
「君に、久美にどうしても会いたかった。会えてうれしい」
「私もよ」
「久美のことが好きだ」
「私もあなたのことがずっと気になっていたの。私あなたのこと好きよ」
 窓の外には月光が輝いている。
 僕は久美の夢を思い出した。あのときも月光が輝いていた。
「キスしようか」
 僕の言葉に対して久美は照れくさそうに俯いた。
 僕は久美の顎を手で上げ口づけをした。
 久美も抵抗することなくキスを受け入れた。
 長い長いキスだった。ときどき二人で舌を絡め夢中に二人でむさぼるようにキスをした。
 そして久美は言った。
「私いろいろな人から視線を感じるの。みんな私を見るの。でもそれに慣れて何も感じないの」
 久美は窓の方を見て、
「だけど」
 久美は立ち上がった。
「だけどあなたは特別。あなたから視線を浴びると私感じちゃう」
 久美はこう提案した。
「二人でクリスマスパーティーをしましょう」
「うん」
 久美は持ってきた手提げからアルミホイルと丸いタッパーを出した。アルミホイルの中を見せて、
「ここに鶏肉があるわ。タッパーにはきのこのスープがある」
 マスカットも持ってきていた。
「今日の夕飯を食べないで持ち帰ったの。私かけたの。私の好きな人が、宮澤君が突然手品のように現れたら。二人で食事ができると。クリスマスパーティーができると」
 そう言って久美はチキンのホイルを暖炉の手前に置いた。きのこのスープはステンレスのカップに移し、やはり暖炉に近付けた。
「私達ね」
 久美は言った。
「私達は似た者同士」
「僕達は似た者同士か」
 僕はそう反復するように言った。
 久美は僕の前に来て
「可哀想あなた」
 そう言って僕に口づけをした。
 また二人で長いキスをした。
 舌と舌をからめた。
「可哀想ね。でも大丈夫よ。私がいるわ」
 彼女はそう言って、僕に抱きつき、僕の背中をポンポン叩いた。
 二人はあの事件のことを口に出さずに、それでいてあの事件の痛めた心をお互い慰めあった。
「久美。可哀想に」僕もそう言った。
 そして久美を抱きしめ、髪をゆっくり撫でながらキスをした。
「私達は同じ境遇にいる。似た者同士よ」
「そう僕達は似た者同士」
 そう言って抱き合った。
「私ね。昔からある欲求があるの」
「何?」
 僕はそう言うと、彼女は白いふわふわのスリッパをはいた。
「昔からある欲求。それは奉仕欲。誰かにとてつもなく献身的に奉仕したい。そういう思いがあるの。そして今夜はあなたに奉仕する」
 そう言ってワンピースのボタンを一つ一つ外していった。衣服がパサッと床に落ちた。そこには下着だけになった、露わな姿をさらす、白いふわふわのスリッパをはいている久美がいた。
 彼女は聖書を手に取り読みだした。
「マタイ福音書にこうあるわ。
夫ヨセフは正しい人であったので彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した」
 そう言って彼女は僕の方に歩み寄り、下着姿で接吻をした。
作品名:東京人コンパ 作家名:松橋健一