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東京人コンパ

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「もし仮説Kが間違ってないとしたら」
「私この前の発注ミスがあってからここのスタッフの了承を得て、ここの店員の裏口のドアに小細工したの」
「小細工?どんな?」
「アルカリ石鹸をドアノブにこすり付けたの。もし、仮説Kが当てはまるとして久美が裏口から侵入したとしたら、ドアノブを触るでしょう。そして久美は家に帰ると手を洗う前に自分のマンションのドアノブに触る。そして久美の家のドアノブに霧吹きをかけ、リトマス式の紙で、もしアルカリ性が強く現れたら彼女はここの店の裏口に侵入している可能性が高い。仮説Kが成り立つ。
「ええ?本格的に探るの?そのアルカリ性で証明されるものは確かなものなの?」幸久が言った。
「とにかく、やってみる価値はあると思うわ」沙織が言った。
「僕は反対だな」。僕はそう言った。
「宮澤君、あなたが久美に対する気持ちはわかるけど」沙織が言った。
「俺も反対。もし久美ちゃんが犯人だとしても彼女から直接本当の話を聴きだして償ってもらいたい」幸久も言った。
 晴菜は真剣だ。
「そういえばこの間、久美なんか変なこと、言っていたわ。『世の中に罪びとといわれる人
がいて、その罪びとにも息子、娘がいる。罪びとの娘はね。いくら親のように罪びとにな
りたくないと思っても自然と罪びとになってしまうの。何かの運命的な力で、罪びとの娘
はね。どんなあがいても、いいことをしても、何かの罪を犯したい。悪いことをしでか
したい。そんな気持ちに抗えないのよ。オイディプスの娘アンティゴネのように。でもそ
んな気持ちをずっと抑えている限りは親のことなんか許せないのよ。結局何かしでかすの
よ。ピストルを発明したエンジニアが一生ピストルを使わない人生なんて考えられないで
しょ?それと同じよ」と晴菜は言った。
「そんなこと言ったの?罪びとって、久美の父親が罪びとだってこと?」
「そういえば久美の父親の会社訴えられたでしょ?」
 沙織が言った。僕は、
「でも、訴えられたのは久美の会社の派遣社員でしょ。久美の父親は罪びとだといえない
わ」
 そのとき六時のニュースが流れた。奇しくも久美の父の会社のニュースだ。そのニュー
スは僕達を心底驚かせ、根底から揺さぶられるほど、信じがたいものだった。
「小柳証券の派遣社員の情報流出問題で、小柳隆信社長が関与していることが新たに発覚
しました。派遣社員の証言では、この社員は社長から指示を受け、情報をお金で売ること
を強いられた模様です」
「ちょっと何よこれ。久美のお父さん犯罪者。久美はそれを知ってて?」沙織が言った。
「久美のお父さんが……まさか、じゃあ……」杏が言った。沙織は、
「仮説Kが真実かどうか、リトマス紙で調べるわ。今夜決行よ。異論はないわね」
 みんなないという意思表示を無言という形で表した。
 僕達は晴菜のナビで久美の住むマンションに行った。市街地から離れた閑静な住宅街に、
久美の住むマンションがあった。エメラルドグリーン色で建てられたその建物は、どこかお
しゃれで、自由が丘の雑貨屋を思い出させる。久美の選んだマンションなんだろう。
 僕達は早速ドアノブの前に立った。幸久が、
「このドアノブが強いアルカリ性になっているかもしれないってことだろ」
 声を潜めてそう言った。
「多分ね」沙織も声を潜めてそう言った。
「多分て?」幸久が言うと、
「しっ、声が聞こえちゃうわよ」晴菜がそう小さな声で言った。
「霧吹きまずかけるのね」杏が言う。
「大丈夫?これ怪しくない僕達」僕がそう言うと、
「ここまで来てなんだよ」幸久がそう言った。
「とにかくその霧吹きをかけるのよ。もうそうするしかないわ。私達完全に不審者よ」沙織が言った。
「分かった。かける。かけるわ」
“シュッ”杏がドアノブに向けて霧吹きをかけた。
「よし」
「そして、このリトマス紙をどうするんだっけ?」幸久が言った。
「この赤のリトマス紙が青に変わればアルカリ性ってことじゃない」沙織が言った。
「赤が青に変わるとアルカリ性?逆じゃない?青が赤に変わるとアルカリ性じゃなかったっけ?」幸久が言った。
「それは酸性」晴菜が言った。僕は、
「晴菜それは確か?」
「確かだと思うけど……」
「思う?」幸久が言った。
「ちょっと待って、私、今携帯のネットで調べるわね」沙織がそう言って、
「あった。やっぱり赤が青に変わればアルカリ性だ」
「よし、赤色のリトマス紙を」
 杏が近づけると、皆かたずをのんで見守った。
「変わらない?」
「他の部分も触ってみれば?」
 杏はほかの部分をペタペタ触った。するとリトマス紙がはっきり青色に変わった。
「ちょっと変わったわよ」晴菜が言った。
「部分的にも変わったところは手の形、人差し指、中指、親指の辺りよ。これって」
「やっぱり久美ちゃんが……」幸久が言った。そして僕が、
「どうする?」
「もう強行突破よ。私久美と話がしたい」晴菜が言ったのに対して僕は、
「でもまだ、決定というわけではないだろ。アルカリ性を帯びたドアノブだったかもしれない。分からないじゃないか。今の時点では」
「だからそれを確かめるのよ。久美からよく話を聴く」
 晴菜はインターホンを押した。
“ピンポーン”
「ついに押しちゃったよ」幸久が言った。
「出ないわね」沙織が言った。杏も、
「ひょっとしていない?鍵はかかっているの?」
 晴菜はドアノブに手をやった。「鍵かかってない。空いてる」
「久美ちゃんいるのかなあ」幸久が言うと、晴菜はドアノブを開けようとした。
「おい」幸久と僕がそう声を上げたが、晴菜はドアを開いてしまった。
「久美!中にいるの?返事して」
「いないの?」
 玄関からテーブルが見えるだけだ。そこにはティーカップが乗っている。
「いないんじゃ諦めるしかないな」僕がそう言うと、晴菜は部屋に上がろうとした。幸久は黙っていない。
「おい、晴菜。いい加減にしろ」
「違うの。あのテーブルの上のティーカップの下にあるやつ手紙じゃない?」
「あっ本当だ。何か書いてある」杏もそう言った。ティーカップの下に、確かに手紙がある。ティーカップはロイヤルコペンハーゲンのティーカップだった。
“晴菜、杏、沙織、また男性の人達へ”そう書いてある。晴菜は完全に中に入ってそう言った。
「僕達宛ての手紙?」僕が言うと、
「そうみたいね」沙織が言った。
「読んでみて」沙織が晴菜に言った。
作品名:東京人コンパ 作家名:松橋健一