東京人コンパ
ある晩のことだった。
僕は一人アパートでレトルトのグラタンと余っていたご飯をレンジで温めて、ドリアにしてプリンと一緒に食べていた。
僕の中の簡単レシピの中の一つだ。味もいける。シャワーを浴びて、これからワインでもあけて、飲みながらテレビでも観ようかと、安物のソファーに座ろうとしたとき、携帯電話が鳴った。
“誰だろう?杏かな?晴菜かな?沙織かな?こんなに遅くに、もう十一時になる。僕が見た携帯の番号は非通知番号だ。誰だろう。高校のときの友達からか?」僕は電話に出た。
「もしもし……」
しばらくの沈黙のあと、
「もしもし宮澤さんですか?」
女の人の声だ。
「はい。そうですけど」
「今青森に住んでいる宮澤さんね。実家は東京」
「そうですが……」
全く見知らぬ人の声だ。どう考えても、心当たりがない。
「あのあなたと少し、話がしたいわ。どうかお願い。電話は切らないでね」
「あの、失礼ですがお名前お聞きしてもいいですか?」僕は不思議な電話相手にこちらから質問した。
「……」
向こうはしばらく沈黙したあと、
「名前なんて名乗らないほうが、時にはいいときもあるのよ。それよりあなた一人暮らし?」
「そうですが」
「アパート暮らし?」
「そうです」
「お金に困ってるでしょう学生じゃ」
「別にお金に困っていようといまいと、見知らぬあなたには関係ないことじゃないですか?」
僕は少し腹を立てて、強い口調で言った。
「まあ、まあそれが関係ないことないのよ。もしあなたが今お金に困っているのなら、私あなたの銀行の口座に、お金送るわ。五万円くらいでいい?学生じゃそれだけでも少し楽になるでしょ?あなたの銀行の口座番号教えて?」
僕はしばらく黙った。明らかに関わらないほうがいい。そう思って、
「僕はオレオレ詐欺にかかる程、年をとっていません。それじゃあ」
プツン。
向こうは切り際に何か言おうとしていたが、聴く必要もないので、何もためらわず切った。
何なんだ。今の電話。電話を切って、三十秒もしないうち、また電話がかかってきた。同じ番号だ。このまま電源をオフにしようか。そう思ったが、このまま今後もこんないたずら電話が続くと困るので、さっきよりも強い口調で本気で怒ってやろう。そう思った。携帯も常に、オフにしているわけにいかない。僕は電話に出て、
「もしもし……」
「宮澤君怒らないで」
向こうは先を読んだようにそう僕を制止させた。
「お金のことなんて言って不審に思わせちゃったかもしれないわね。ごめんね。謝るわ」
「とにかく……」
「宮澤君。私ね。電話では判らないでしょうけど、結構美人なのよ。あなたのお友達の久美さんとも劣らないくらい」
“久美のことを知っている。本当誰だ?この人”
僕はただただ不思議だった。
とにかく訳が分からないから率直に訊いた。
「なぜ僕のことや久美のことを知っている?」
「まあいいじゃない。そんなこと。それより私が今どんな格好しているか分かる?どんな服装か」
「分からない」
はっきりそう言った。
「黒のストッキングにね。ズボンもスカートもはいてなくてパンティーだけ付けているわ。上はTシャツを着ているけど、ブラジャーはしていない」
僕はその言葉どおりを想像した。
“だめだ。この甘い誘惑。いい予感はしない。付き合ってられない。電話を切るか。
「電話は切らないで。だって電話を切ったら、もったいなくない?ねえ、あなたも正直に生きなきゃ。本当、私、街を歩くといろんな男にチラチラ見られる美人なのよ」
美人かどうかは分からないが、その声はかなり色気がある。
「ちょっと待ってね」
十秒くらいの沈黙があった。彼女は受話器を置いたようだ。また彼女の声で、
「おまたせ。いま何したか分かる?」
「さあ」
「私いま上のTシャツ脱いだの。ということはどういうことか分かる?」
「すいません。あなたの目的は?僕はおかしなことに関わりたくない」
「それじゃあ、またちょっと待ってね」
また十秒くらい沈黙があった。
「おまたせダーリン。今度はパンティー脱いだの。フフ。どう?想像して。私が今どんな姿か。我慢しなくていいのよ。何かしてほしいポーズとかある?」
「本当あなたは何なんですか?目的は?何故僕や久美のことを知っている。想像するところあなたは僕の弱みを握ろうとしている。正常な人間なら何か企んでいることはすぐ分かる。話を聴く気がないわけじゃないんだ。目的を教えてくれ。趣旨を説明してくれ」
「あなた久美さんのお父さんの会社知っているでしょ?」
「まあニュースでもやってますからね。詳しいことは分かりません」
「詳しいことは分からない?そうまだ何も知らないってこと?」
「何も知りません」
「そう、どうしようかな……」
「じゃあ、そういうわけで」
「待って私は今ストッキング以外裸だし、濡れちゃったし、もうちょっと私に付き合って……」
「いや結構です。もう金輪際電話はかけないでください」
僕は最後はかなり強めの口調で言って切った。
その後は携帯の電源をオフにした。ワインを飲んで十二時頃には寝た。
“久美のお父さんの会社?小柳証券だ。派遣社員が不祥事を起こした会社だ。あの人はなんで久美のお父さんの会社のことを僕に訊いてきたのだろう。考えても訳が分からない。まあいいや”