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ALFRED 550

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 コール・ブラザーズ社のアルフレッド五五〇シリーズは、「マエストロ」と渾名された造顔師フランク・バインリッヒの代表作だ。造顔師はその名の通り義体の顔の製作のみを行う専門技師で、バインリッヒは現在でももっとも有名な造顔師の一人である。特に三十八年製のビジネス・エディションは、バインリッヒが独立する前、まだコール・ブラザーズの一社員に過ぎなかった時期にごく一部の企業向けのみに製作したもので、一般には流通していない。だが、業務用にしては細部まで造りこまれたリアルな造型が高く評価され、バインリッヒの名が世に広まるきっかけになった。
 有名な物語の中に出てくる執事の名を冠したこのシリーズは、本来その由来どおりに執事や企業人の秘書などとしての使用を見込んでいたが、天才造顔師によるその憂いを帯びた陰のある美貌が一部富裕階層の女性たちの間で話題となり、本来の目的からはかけ離れた違法カスタマイズが横行した。後にはこの義体をめぐって死者が出る事件さえ起きている。
 そんな経緯もあって、いまだにこのいわくつきのオールド・モデルを欲しがる者は多く、中古市場での価格もかなり高い。義体集めを趣味にはしているが、流行り物にはあまり興味を持たないクロダにしては彼らしくない選択だ。
 そこまで考えて、バルバリートは自らそれを否定した。クロダはアルフレッド五五〇型が欲しかったのではなく、単にアルフレッド五五〇型にV2を「乗せ」られるかどうか試したかっただけだろう。あるいは、本当にただ「執事」というものに紅茶を入れてもらいたかっただけか(逆にそれが一番説得力がある気がする)。
「――それで、今日はどうなさったのですか?」
 V2が差し出したコバルトブルーの花柄のティーセット(わざわざこんな壊れやすい茶器を使うのもこの家流だ)を、バルバリートは礼を云って受け取った。ソファの上に乗りあがってきたアルスターが、バルバリートの手元のカップを覗きこんで軽く鼻をひくつかせる。
「この間、定期検査してもらっただろう」
「ええ」
「経費の申請方法が変わってな。これからは、メンテナンスした技師の認証がいちいち必要なんだと」
「それくらいなら、メールで連絡いただければ」
「ドクター・クロダは、やっておいてくれと頼んだことを素直にやっておいてくださる人だったっけな」
「残念ながら」V2は苦笑した。義体換装によって外見や声が大きく変化しても、彼特有の穏やかな笑顔と物腰はやはり変わらない。
「ですが、先ほど申し上げたとおり、レンはようやく休んだばかりなのです。夜でもよろしければ、わたしから伝えておきますが」
「そうか、タイミングが悪かったな。ここに来る前に、おまえには連絡しておくべきだった」
「申し訳ありません」
「いや、別におまえが謝ることじゃない。連絡せずにいきなり押しかけたのはこっちだから」
 バルバリートはゆるく癖のある黒髪の頭を軽くかいた。
「今日は、アランは一緒ではないのですね」
「一緒には出たんだが。途中で、いきなりオンケル・セルゲイのバウムクーヘンが食べたくなったとか云い出して、土産に買って来るそうだ」
「ひとりにして大丈夫ですか?」
「一応簡易監視はしてる。大丈夫、ちゃんとこっちに向かってる。でもいい加減、あいつもガキじゃないからな。いくら外部インターフェイスも持たない完全生体といっても、そろそろここの生活に慣れてもらわないと」
 ひょんなことから同居人となった箱入り青年の世間知らずっぷりをぼやきつつ、バルバリートはテーブルに置かれた皿から丸いスコーンをひとつ指でつまんだ。綺麗に焼けたそれは普通のスコーンに見えるが、実際は義体用の特別な成分で作られているので、生身の人間が食べても美味いものではない。バルバリートはスコーンを割って口に放り込み、機械的に咀嚼した。
 全身義体化してから、無性にあれが食べたい、これが食べたいという衝動に駆られることがなくなってしまった。
 ハイランド市警察、通称HCPDに入る前、バルバリートは陸軍にいた。派遣された紛争地域で爆破テロに巻きこまれ、両腕両足の切断と全身火傷を負って一時は死にかけたが、以前から知り合いだったクロダのつてで義体化手術を受け、すでに脳と一部の神経を除いてほぼ全身がサイボーグ化されている。当然、口内や食道、消化器官もすべて「作り物」だ。バルバリートとV2の違いは、頭に詰まっているのが生の脳髄かAIかくらいの差でしかない。
「ヴィー、おまえも電気羊の夢を見たりするのかな」
「それは古い小説ですね」
「よく知ってるな」
「レンがたまに云いますから。休止中のわたしに夢を見させたいと。その計画に、《エレクトリック・シープ・プロジェクト》と名を付けています」
「ありがちなネーミングだが興味深いアイデアだ。あいつ、見た目よりロマンチストだよな」
 ロマンチックなどという言葉とはまったく無縁そうなクロダが、夢について大真面目にV2に語っているところを想像して、バルバリートはくすりと笑った。
「概念としての夢は説明されれば理解できますが、わたしにそれをしろというのはまだ無理ですね」
「まあ、そりゃしょうがないだろうな。こんな時代になっても、まだ夢を見る理由もそのメカニズムも、はっきりと解明されていないわけだし。ただ、悪夢ばかり見て苦しんでいるようなやつは、むしろ何も見ずにただ熟睡したいと云う。――おれ自身、今でもたまに身体を失った夜のことを夢に見るしな」
 バルバリートはアールグレイの香り漂うカップに口をつけた。
「……あの日は久々に取れた休暇で、おれは仲間とバーで飲んでいた。だが、そのうちの一人と些細なことで口論になってな。とはいえ、その時は突っかかってきた向こうが全面的に悪かったから相手が謝って、そのバーで一番高い酒を一杯おごってくれることになった。でもおれは、バーテンダーが目の前にグラスを置いてくれても、まだへそを曲げていた。腕を組んだままグラスに手を出そうとしないおれの肩を他の仲間が叩いて、さあ飲めよバルバリート、これで二人とも仲直りだ――」
 そこで言葉を切って、バルバリートはティーカップの中の琥珀色の波紋を見つめた。
「その直後だった。外が真昼みたいに光って、それからはもう覚えていない。まともに意識が戻った時には、すでに生身じゃなかった」
 自分を見下ろしている、クロダの黒く陰鬱な瞳を思い出す。対照的に、部屋は病院のように白く眩しかった。
 気分はどうだ、バルバリート。
 義体技師の静かな声を聞いて、一瞬だけ不思議に思った。薄暗いバーで飲んでいたはずなのに、なぜこんな明るいところにいるのか。それに、セントラルにいるはずのこの男が、なぜここにいるのか。
 バルバリート、と再びクロダが呼んだ。普段ほとんど表情を変えない男の声がわずかに震えているのに気づいて、それですべてを悟った。血縁者のいないバルバリートは、任務中アクシデントがあった場合の連絡先として、幼なじみの義体技師を指定していた。もし自分に何かあったら、すべての手続きをクロダに一任することになっていた。セントラルにいたはずのクロダが目の前にいる――それはつまり、そういう事態が起きたということなのだった。
作品名:ALFRED 550 作家名:犬塚暁