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ALFRED 550

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 義体技師のクロダの屋敷を訪れたバルバリート・イグレシアスは、出迎えたアンドロイドのV2が老紳士の姿になっているのを見て驚いた。つい二週間前に自身の義体の定期メンテナンスに訪れた際には、少年合唱団にでもいそうな金髪碧眼の美少年だったのだ。
 その極端な変貌に、検査してもらったばかりの個体識別システムの動作不良を疑いかけたが、目の前の老紳士――むしろ古き時代でいうところの執事と形容すべきか――は、あっけに取られているバルバリートを見て、眼鏡の奥で穏やかに微笑んだ。「こんにちは、バルバリート」
 おおよその外見年齢は六十歳ほどか。一八〇センチのバルバリートには及ばないが、均整のとれた細身の身体を、皺ひとつない黒のテイル・コートで包み、首にホワイトタイを締めている。櫛で綺麗になでつけられた銀色の髪に、淡い水色の瞳、アンティークの楕円眼鏡。額と目元に幾重にも刻まれた細かい皺は、作り物とは思えない年齢の重みと知性を感じさせる。まるで大昔の貴族の写真や映像から抜け出てきたようだ。
 V2は以前、ハイランド市セントラル地区のサウス・ブリッジに近い第二刑務所で働くアンドロイドだったが、老朽化のために刑務所が閉鎖されてからは、メンテナンスを担当していた技師のクロダに引き取られ、今はクロダの助手のような仕事をしている。飽きっぽい主人のせいでころころ外見が変わるが、ここまで老けた姿になっているのは初めてだった。そもそも、生身の人間を見る機会が減った昨今、あえて老人型の義体に入る物好きなどあまりいないから、年寄りの姿を見ること自体まれだ。特に、もっとも義体化率の高いセントラル地区においては。
 バルバリートは苦笑して云った。
「よお、ヴィー。どっかの歴史体験アトラクションにでも紛れ込んじまったかと思った」
「びっくりしました?」
「この間診てもらったばかりなのに、識別システムの故障かと思ったよ」
「どうぞ、そちらへ」
 V2に促されて、バルバリートは玄関ホールを抜け、左横にある応接室に入った。
 破産したどこかの資産家の別邸を買い取ったというこの古めかしい屋敷は、設備は旧式だがセントラルでは大きな方だ。ここに、クロダはV2と二人で住んでいる(正確には「一人と一体」だが、最近はなにかと人権団体がうるさいのでそういう云い方はあまりしない)。一階にあった広い舞踏室はクロダの作業場に改装されており、外出の予定がない限り、大半の時間クロダはそこで過ごしている。恐らく今日もそこに籠もって、何やらいじくりまわしているのだろう。
 ソファに腰掛けて壁に飾られたレトロな油絵の風景画を眺めながら待っていると、いつの間にか入り口で一匹の犬が用心深げに顔を覗かせていた。クロダの飼い犬で、アルスターという生身のラフ・コリーだ。そこにいるのがバルバリートだと分かると、そのままぽてぽてとそばに寄ってきた。ソファに座るバルバリートの足の間に分け入ってきて、人懐こくべろべろと手を舐めてくるアルスターの身体を撫でていると、かちゃかちゃと音をさせながらV2がティーセットを運んできた。
 手馴れた様子で紅茶の用意をするV2の横顔を見やりながら、バルバリートは云った。
「そのボディ……すごいな。コール・ブラザーズの五五〇の初期型じゃないか?」
 その言葉に、今度はV2の方が目をみはる番だった。
「さすがはアンドロイド犯罪課所属ですね、バルバリート。正規登録してない個体なのに、見た目だけで判別できるのですか」
「おれが毎日おつきあいしている義体の大半は、ハイランド市警のデータベースに登録されていない違法もんばっかりだぞ。だが、カスタマイズされていない純正の初期型は初めて見た。第一世代――いや、それより古いか?」
「正確には、CB-アルフレッド五五〇の三十八年製ビジネス・エディションの義体です」
 バルバリートはヒュウと小さく口笛を吹いた。
「いや、そうじゃないかとは思ったんだが、マジでサンパチBEなのか? プレミアもんじゃないか。レンのやつ、どこでそんな値のはるもん手に入れてきたんだ。――いや、そもそも、どうやって動かしてるんだ。リモートか?」
「いいえ。わたしの本体はちゃんとここに入っていますよ」
 V2は整髪料で固められたオールバックの頭を指差した。その一挙一動でさえ優雅で絵になる。
「もちろん、何かあった場合のためのバックアップはありますが、こちらが本体です」
 バルバリートは呆れてため息をついた。
 クロダ・レン――まったく、あの無表情な東洋人技師は時々とんでもないことをする。今とは規格がまるっきり異なる三十年前の旧式の義体に、最新鋭の高性能AIを積みこむなんていうのは、手先が器用どころの話ではない。そもそも、そんな奇抜なアイデアを思いついたところで、それを実行に移せる知識とスキルと気力のある物好きはセントラルにクロダ以外いるだろうか。
「義体コレクターや懐古趣味のやつらが動いているおまえを見たら、涙を流して拝んできそうだな」
「レンも楽しそうでしたよ」
「あいつが?」
「ここひと月、仕事以外の時間はこの換装作業だけに没頭していましたから。どんなに云ってもほとんど休息を取ろうとしないので、心配になって何度か無理やり電源を落としましたが」
「……電源?」
「レンの食事にこっそり睡眠薬を混ぜて眠らせました。最初は、締め技でもかけて文字通り落とそうかと思ったのですが、抵抗されたら危ないですから」
 老紳士は物騒なことをさらりと云ってのけて、いたずらっぽくウィンクした。
 自分の判断で主人に勝手に一服盛り、しかもそれをジョークを交えて語れるAIは、セントラルでは(いや、それどころかハイランドでさえ)たぶんV2だけだろう。
「実は、この姿になってからまだ半日しか経っていません。換装が無事済んだ後に、わたしがこの服を着て現れましたら、レンは満足げな様子で紅茶を欲しがって、それを飲んだら気絶するように眠ってしまいました」
「何やってんだ、あいつは…。まさか、紅茶一杯のためだけにそんな面倒なことをやったとか云わないよな?」
「かもしれません」
 V2はにっこりと笑う。その慎ましやかな笑顔も執事として完璧だったので、バルバリートはまたもやため息をつくはめになった。V2は最も素晴らしいアンドロイドの一人だろう。主人の望みをおよそ完璧に把握できている、という意味においては。
 会話が途切れたところで、バルバリートは不躾にならない程度にV2の「アルフレッド五五〇型」の顔を眺めた。
 その繊細な顔の造りや肌の質感は、三十年も昔の義体とは思えない出来だ。これが単なる義体のひとつを通り越して、芸術作品として評価されるのも分かる気がする。
 バルバリートがHCPDのアンドロイド犯罪課の警官でなく、また義体に詳しくもなく、人形かヒトかを判断できる識別システムを搭載していなければ、今のV2をアンドロイドと見分けるのは多分無理だろう。
作品名:ALFRED 550 作家名:犬塚暁