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第六章 飛翔の羅針図を

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 ルイフォンはそこで言葉を切り、猫背を伸ばして佇(たたず)まいを正した。長身のリュイセンと比べれば小柄と言わざるを得ないルイフォンは、やや顔を上げた姿勢で、強い視線をまっすぐに送ってくる。
「リュイセン、礼を言う――ありがとな」
 リュイセンの眼下に癖の強い黒髪が広がった。唯我独尊のルイフォンが、きっちりと頭を下げていた。
「ルイフォン……?」
 自分の目が信じられず、リュイセンは瞬きを繰り返す。
「お前のお陰で、俺もメイシアも無事だった。感謝している」
 リュイセンは、あんぐりと口を開けたまま、穴が開きそうなほどルイフォンの後頭部を見つめる。
 やがて顔を上げたルイフォンが、そんな彼を見て苦笑した。
「何、驚いているんだよ?」
「ああ、いや……。らしくないな、と……」
「そうだな。――俺もそう思う」
 澄んだテノールだった。ルイフォンが、明るい青空の顔で爽やかに笑う。
 貴族(シャトーア)の娘は、ルイフォンに、いったいどんな魔法をかけたのだろう。――この部屋に戻ってきたときのルイフォンは、プライドを粉々にされ、手のつけられない状態だったはずなのに……。
 ルイフォンに聞けば、素直に答えてくれるだろう。弟分は、そういう奴だ。
 だが、きっとこれは、自分の目で確かめなければ意味がない。
「……仕方ねぇな。関わっちまった以上、最後まできっちり面倒を見てやるべきだな」
 リュイセンは口の中で、小さく呟いた……。


 料理長がリュイセンを追うように執務室を出ていき、扉が閉まる音を確認してから、エルファンは口を開いた。
「――父上。〈蝿(ムスカ)〉とは、どういうことでしょうか?」
 からんと、グラスの中で氷が響くような涼やかな声色で、彼は尋ねる。
 エルファンは感情をあまり表に出さない。特に、焦りを見せることは敗北を招くと考える。だから事態が深刻さを増すほどに、彼の言葉は穏やかに、纏う気配は冷気を帯びる。
「分からん。ただ、貧民街でルイフォンたちを襲った者の中に〈蝿(ムスカ)〉を名乗る者がいた、との報告を受けていただけだ。〈蝿(ムスカ)〉を名乗る別人だと思っていたが……」
「ヘイシャオ……」
 エルファンが口に出した名前に、イーレオが黙って頷く。長い黒髪がさらさらと流れ、秀でた額を覆った。
「……奴は死んだはずです。私がこの手で殺しました」
 エルファンの声が、乾いた音を立てながら凍りついた空気を裂いた。


作品名:第六章 飛翔の羅針図を 作家名:NaN