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心中未遂

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 三枝は、そこまで彼女を好きだったわけではないので、
――反対されているなら仕方がない。無理を押し通して二人だけで幸せになれるわけはないんだ――
 と、思っていた。
 彼女にも同じことを言ったが、彼女は黙ってしたがってくれた。だが、その時の寂しそうな顔を三枝は一生忘れないだろう。
 ただ、その時彼女が身籠っていて、家族もそれを知ったことで、何としても結婚させられないと思っていた。
 子供は養子に出されたが、何と養子に出した家の苗字も「三枝」だったのである。
――何と言う運命のいたずら――
 彼女は、この運命のいたずらを感じ、三枝とは二度と会わないことを心に誓った。そして子供にも二度と会えないことを覚悟しなければならなかった。
 薄幸の女性というのは、どこまでも不幸にできているのか、その後、彼女の人生でロクなことはなかった。
 その時を境に失意は慢性化し、そのまま生きることに対しての感覚がマヒしてしまい、結局事故で死んでしまった。
 そのことを、彼女の家族は他人にひた隠しにしてきた。娘が子供を産んだことはもちろんのこと、家に住んでいたことすら誰にも話していなかったので、
「実家に帰ってきている時に事故に遭うなんて、可哀そうだわね」
 と、近所では言われていたくらいだった。
「あんな男と付き合ったりするから、こんなことになるんだ」
 と、彼女の家でのすべての責任は三枝に向けられた。三枝自身の知らないところで噂されているなど、思ってもいなかったが、彼女と別れさせられたことで、精神的に少し狂ってきたのも事実だった。
 三枝の知らないところで子供は元気に成長し、その子が高校を卒業する頃になると、自分の生い立ちが気になり始めたのだ。
 育ての親が実の親でないことは知っていた。親が高校二年生の時に話してくれたのだ。どうしてその年だったのか分からないが、大人の精神状態になったと判断したのだろう。「お前は私たちの実の子ではない」
 ショックがないと言えばウソになるが、それほど大きなショックでもなかった。まるで他人事のように考えたが、他人事のように思えるということがショックな証拠だということに、その時は気が付いていなかった。その子がちょうどその時に付き合っていたのが、理沙だった。男性の名は、三枝信二、理沙の前に現れた男だったのだ……。

                   ◇

「そろそろ話をクライマックスに持っていきましょうか」
 穂香は、独り言ちていた。誰に対しての言葉を発しているのか自分でも分からなかったが、この話の登場人物である人皆に訴えていた。
 そもそもこの話は記憶喪失から始まっている。
 弥生を主人公のように始まってきたこの物語は、心中事件を起こして同じ病院に奇しくも運ばれてきた理沙も記憶を喪失していたのだ。
 主人公の弥生も、かつて自殺した経験があり、死に切れずに立ち直りかけたが、今度は記憶が欠落していることを気付かされる。
 それを弥生は、おかしいと思わないのだろうか? 自殺未遂のために入院し、一度は退院したのに、それからしばらくして記憶が欠落し、そして再入院に至る。弥生ほどの女性であれば、どこかおかしいと思うはずだ。
 表に気持ちを出さないのか、それともおかしいと思ったとしても、根拠のないこと、何とか根拠を見つけて、まず自分で納得しようと考えているのか、穂香には半分くらいまでなら、弥生の気持ち、分かる気がしていた。
 弥生に対してまるでライバルのように思ってきたが、弥生自身は、ほとんど知らない穂香のことを意識もしていないだろう。意識しているとすればママの方で、弥生の味方はママであった。
 穂香にはありがたいことだった。
 別に弥生に対して競争心もライバルとしての思いも抱いているわけではない、三枝に対しての挑発に、弥生の存在が必要だっただけのことである。
 ただ、弥生は勘の鋭い女性でもあり、冷静になると、こちらの想像以上のことに気付かれたり、裏の裏を読まれたりして、実に計画を立てるには邪魔な相手であった。
 穂香も本当であれば、弥生を姉のように慕いたいという思いがあった。そうすることもできず、しかも弥生の記憶を欠落させなければいけない事情ができてしまったことは実に不本意だと思っていた。
 それにしても、偶然とはいえ、理沙と弥生が病院で仲良くなるというところまでは行っていないが、お互いの存在を意識してしまう関係になってしまうとは、最初は考えても見なかった。
 しかし、記憶が欠落したことで、入院してもらうことにしたところに、心中で同じ病院に運ばれてくるということは、決して偶然ではないかも知れない。ただ、時期があまり離れていないのはまずかったかも知れない。だが、これも仕方のないことだと言えるのではないだろうか。
 理沙に対しては、別に恨みもない。ある意味、理沙も被害者だと言えるのではないだろうか、結果として心中未遂ということで記憶を失わせることに成功し、しかも心中未遂であったことを本人の意識に植え付けることができた。理沙の中にあった記憶は、本当に理沙のものだったのかと言われるときっと本人にも分かっていないので、穂香の関知するところではないに違いない。ただ、心中した相手が誰なのかまったく分からないのは気持ち悪かったことだろう。
 だが、これも仕方がないことだ。本当の心中相手が、理沙と一緒に心中したというのであれば、理沙が生きていく上で、大きなトラウマになったことだろう。一緒に心中しようとした相手、それが問題だったのだ。
――自殺をしようと考える人は、いざとなったら一人では嫌なものだ。一緒に死んでくれる人がいれば、自殺も怖くない――
 ひょっとして自殺をしようとしている人のほとんどは、心中なのではないか?
 理沙は失った記憶が大きいので、そんな疑問も素直に受け入れてしまうのではないかと自分で感じていた。
 それでも心中を試みて、二人とも助かった。一緒に心中しようとしたと思われる人は軽傷で、意識が戻ればすぐに自分たちの前から姿を消した。
 理沙は、それを不思議に思っているだろう。そして、一緒に心中しようとした人が誰なのか、それが一向に分からないのも不思議なことだ。
 だが、穂香にしてみれば、
――それは当たり前のことだ――
 と思っていた。
 理沙が心中を試みた相手は、理沙とはまったく面識のない人で、しいて言えば、その日に知り合った相手だということだ。彼は自殺志願者でも何でもない。穂香にお金で雇われた人だったからだ。
「私がどうしてそんなお金を持っているかって?」
 穂香は、ほくそ笑んだ。
「私にはスポンサーがいるのよ。しかも、私から逃れることのできない人。その人は私に対して呪縛があり、それを解く術がないことで、私のいいなりになっているのよ」
 ほくそ笑みながら、穂香の顔に寂しさが現れた。穂香という女、やっていること、表に出していることとは裏腹に、寂しさと素直さが自分を苦しめていることにジレンマを感じているようだ。
作品名:心中未遂 作家名:森本晃次