③全能神ゼウスの神
リカ様は深く長い息を吐くと、私を斜めに鋭く見上げる。
「ヘラのことを、おまえが気にする必要はない。」
(…。)
「今の私に、おまえの力は必要ない。」
完全な拒絶だった。
(でも、これはきっとまた私を守ろうと…。)
「あの、リカ様、私」
「おまえが真実を知っていようと、陽の手に堕ちようと、他の神の元へ行こうと…宇宙が崩壊しようと…私には一切関わりない。」
(リカ様…知って…。)
(…私が真実を知ったこともご存知で…その上で、拒絶してきてるんだ。)
ドキンドキンと痛いくらいに、鼓動が打ち付ける。
「出ていってくれ。そしてもう二度と、私に関わるな。」
そうリカ様が口にした瞬間、私とサタン様は森の中に立っていた。
「え!?」
驚く私の横で、サタン様が大きなため息を吐く。
「あ~あ。やっぱこうなるかー。」
あたり一面、鬱蒼とした木々が生い茂り、先ほどまでいたはずの建物はどこにも見当たらない。
「リカ様は?」
私がキョロキョロしていると、サタン様が乱暴に頭を掻きながら口をへの字に曲げる。
「もう二度と会えないだろーね。」
「!…ど…どうして!?」
サタン様はちらりと私を見たけれど、すぐに建物があった場所を赤い瞳でジッと見つめた。
「リカさんが今いる場所は『神界』でなく『魔導界』だから、時空間が違うんだ。しかも魔導界は中立を守る為、どこの世界からも遮断されてるからさ。つまり、あちらが合わせてくれない限り、こちらからあちらへ行くことはできねー。」
(そんな…。)
(もう二度と…会えない…。)
あまりにも衝撃的な事実に、私は呆然とする。
(だから、サタン様…渋い顔をしてたんだ…。)
(だから、ゼウスでなくてもヘラ様を守れるんだ…。)
(それに、ゼウスでなければ、きっとヘラ様と自由に触れ合えるしヘラ様も自由に過ごすことができる。)
『私は、ゼウスであることを後悔している。』
悲しむヘラ様を、抱きしめて慰めることができなかったリカ様がこぼした本音。
(リカ様の人生は、いつでもヘラ様が中心にいて、そこにしか幸せはないんだ。)
(私なんて、はじめから眼中にない…。)
(ゼウスでいるためにフェアリーが必要だったから傍に置いて貰えていただけなのに、私…。)
私は、自分の思い上がりにようやく気付き、どうしようもない後悔の念に苛まれた。
(なんてバカなんだろう…。)
気づけば、両瞳から大粒の涙がポタポタと落ちてくる。
「わ!ダメダメ!フェアリーちゃん!!」
私が発する負のオーラにサタン様が焦って、手を所在なさげにバタつかせた。
「ヤバイって!陽に気付かれちゃうだろ!!」
言いながら、サタン様はポケットに手を入れる。
「あ!そうだ、これあげるよ!」
そう言って差し出されたのは、凝った装飾が施された赤と金のボタン。
「これ、さっきソファーの隙間に入ってたの拾ってさ。返す間もなく追い出されちゃったから。」
悪びれる様子もなく、あははと笑うサタン様。
「たぶん、それリカさんのだよ。魔導師長の印だもん、この紋様。」
私は手のひらに落とされたボタンを握りしめ、リカ様の香りが残るタオルに顔を埋めて涙をこらえた。