③全能神ゼウスの神
理(ことわり)
「どうしよっかね~…。」
サタン様がため息混じりに、呟く。
「俺の城に来てもいいけど、陽に見つかる可能性高いしね~。」
そして、途方に暮れたような表情で私を見下ろした。
「陽に見つからないとこ、って…あるんですか?」
サタン様から貰ったリカ様のボタンを握りしめて気持ちの整理をつけた私が赤い瞳を見上げると、サタン様の眉が下がる。
「そこなんだよね~、問題は。」
言いながら、腕組みをしてもう一度ため息を吐いた。
「リカさんが傍にいるなら大丈夫と思ってたんだけど、ああ拒絶されちゃうとね~。」
そしてもう一度、建物があったところへ視線を向ける。
私もつられるようにそちらを見て、先ほどのリカ様のことを思い浮かべた。
(思えば…何か、苦しんでるようにも見えた。)
その苦しみが何なのか、そもそも悩みがあるのかもわからないけれど、なんとなくリカ様の色んな表情や言葉が気になった。
「…私、ここでまたリカ様が現れるのを待ってみます。」
「え!?」
ゼウス様が、珍しく驚く。
「さっき、リカ様は『強大なオーラを感じたから』って言って現れましたよね。だから、時空間が違うとこにいても、こちらの動向はわかっていると思うんです。」
「…なるほど…。」
「なので、ここでリカ様を呼び続けてみます。」
サタン様は私から視線を逸らすと、顎に手を添えて何か考え始めた。
「…でもさ、ここ魔界の森だから。」
横目でチラリと見る視線が言いようもなく色っぽくて、私の鼓動が大きく跳ねる。
「ひとりでいるのは、やっぱ危険だよ。」
その視線が、何を言わんとしているのかわかった。
「…。」
たしかに、こんな鬱蒼とした森の中でひとり過ごすのは、心細い。
「俺だって、いつもすぐに駆けつけられるわけじゃねーんだし。陽の目を欺く為には、フェアリーちゃんのことが外部に漏れないように、手下の護衛もつけてやれねーし。」
「でも、さっきもう血の池で悪魔や人間の皆さんに知られましたよ?」
「ああ、あそこは穢れた場所だから、陽は絶対立ち入らないし、あそこを管理してる悪魔もあの場所から出れないから大丈夫。あそこにいる人間は全部、下位の悪魔のエサになるから陽と関わることもないし情報も漏れない。」
(そうなんだ…。)
(たしかに、凄い場所だったもんね…。)
あのむせかえるような鉄と脂の臭いと、独特なぬるっとした感触を思い出し、背筋がぞくっとする。
「…けど、キミの体はもう荼毘に付されたから還れないし…まぁそもそも俺に還す力はないけどさぁ。」
「え?まだこっちに来て数時間しか経ってないのに…?」
「時空間が違うから。時間の流れがね~。」
(…そっか。そうだった…。)
もう、還れない。
そうわかった瞬間、不思議と覚悟が決まった。
「大丈夫です、サタン様。」
私は明るい笑顔を浮かべて、サタン様の赤い瞳を見つめる。
「私、フェアリーですよ?何かあったら、このマシュマロボディと強大なオーラでやっつけちゃいます!」
ガッツポーズをしてみせると、サタン様が目を大きく見開いて私を見つめた。
「…。」
(あれ?あんまりアホすぎて、二の句が継げないって感じ?)
無言でしばらく見つめられて心が折れそうになった時、サタン様がプッと吹き出した。
頬はほんのり赤くなっていて、初めて見るその表情は、照れたようにも見える。
「ヤバい。めっちゃ今、キミのこと抱きしめたくなった。」
「え!?」
(なんでそうなるの!?)
「も~、なんでゼウスになっちゃうんだろーねー、キミに触れたら!」
戸惑う私をよそに、サタン様はひとりでなんだか盛り上がる。
「あ…の、サタン様…?」
私が声を掛けると、サタン様はいつになく穏やかな表情で私を見下ろした。
「こっから少し行ったとこに小屋があるからさ。今は使われてないけど、もともとこの森の管理人が駐在する小屋だったから、そこなら電気も通ってるし、生活用品も一通り揃ってる。とりあえず、そこにいなよ。」
そして案内された小屋は、サタン様が言う通り電気も家具も水道も、生活に必要な物は全て揃っていたものの、すごく荒れ果てていた。
「この森の管理人のじーさんが死んじまってから管理する適任がいなくてね。暫定で俺がしてるんだけど、この小屋は空き家になってだいぶ経つからやっぱ荒れてるね~。」
「悪魔も、亡くなるんですか?」
「うん、死ぬっていうか、消滅だね。魂自体に寿命があるから。人間で死んだときに老人でも魂が若ければ神の国では若い時の姿になる。いわゆる魂齢ってやつ。」
私の素朴な疑問に、サタン様は相変わらずきちんと答えてくれる。
私はサタン様のお陰で、ここに来て色々なことを知ることができた。
「輪廻転生って、あるんですか?」
片付けをしながら訊ねると、サタン様が丁寧に拭き掃除を始める。
「うん。赤ちゃん齢の魂は、輪廻転生する。けど、それも子ども齢まで。それ以上の魂は、エサかペットかに分かれる。」
サタン様が掃除してくれたところは、みるみる間にキレイになっていった。
「神の国では、子どもは産まれないんですか?」
サタン様は、布団を抱えて外に出て、布団をたたき始める。
「産まれる必要ないじゃん。魂って、めーっちゃ寿命長いし、人間がぽこぽこ産んでくれるから魂は不足しねーし。」
(ぽこぽこって…。)
言い方に問題はあるものの、この世の理というものがわかってきた。
「だから、オーラが関係ない神以外のヤツはみんなヤりたい放題♡」
(ヤ…ヤりたい放題…。)
(でも、そっか。前にサタン様から、神は力を奪われちゃうから男女の関係は持てないって聞いたけど、そういうことなのか。)
(神様って、オーラを使って過酷だし、いわゆるそういうこともできないし…大変だな。)
「魔導師は、また違うんですか?」
私の言葉に、サタン様の手が止まる。
「うーん…。魔導界は異世界だし特殊だから俺もよくわかんねーけど、神力は自分のオーラを変換させるから、生命力っていう器に人間の時にいかに正のオーラを蓄えたかで強さや地位が決まるじゃん。だけど魔導力はその人の素質と訓練で鍛えられるっていうからさ、オーラは使わないんじゃない?ってなると、ヤったって孕んだって奪われるもんはないから関係ないよね。それなら、もしかしたら子どもも産まれてるかもなー。」
布団叩きをゆらゆらと揺らしながら、サタン様が無邪気に笑った。
「じゃあ、リカ様にとって、ゼウスに返り咲くメリットはないですね…。」
サタン様がキレイにしてくれた布団を室内に運び込みながら呟くと、サタン様も目を伏せる。
「そこだよなー…問題は。」
サタン様が掃除や片付けを手伝ってくれたおかげで、小屋は住める程度に整った。
あまりにも手際が良かったサタン様に、ふと疑問が浮かぶ。
「サタン様って身分が高い方だから、掃除なんてし慣れていないと思っていました。」
私の素直な感想に、サタン様が声をあげて笑った。
「俺、人間の時は奴隷だったから。」
「え!?」
驚く私に、サタン様が金髪をかき上げながら艶やかに微笑む。