③全能神ゼウスの神
邂逅
「おまえ、自殺したっぽくねぇな。」
「おい、ここ!死神が刈った跡があるぜ!」
「ええ?マジか!」
「なんで??」
「死神が任務で刈らなきゃいけねーほど極悪に見えねーよな。」
悪魔達が、取り囲んでジロジロと私を舐めるように見つめる。
「とりあえず死神の手が入ってんなら、すぐに閻魔様に視て頂いたほうがよさそうだな。」
「怪しいヤツ見落としたなんてことになったら、サタン様からどんなお咎めがあるかわかんねーもんな。」
「うん。ヤバいヤバい。」
こそこそと話し合ってた悪魔達が、再び私を見下ろした。
「おい、ちょっとこっちに来い。」
言いながら悪魔が私の腕を掴もとした瞬間、赤い閃光がその手を貫く。
「ぎゃああ!」
耳をつんざく悲鳴をあげながら、悪魔が血の池に倒れ込んだ。
私を取り囲んでいた悪魔達が、一斉に後ろに飛び退く。
「そいつに触んじゃねーよ。」
「サ…サタン様!」
声と共に現れた魔王に、その場にいた人間も悪魔も恐れおののき後ずさった。
「大丈夫ですか!?」
私は手を貫かれた悪魔に近寄る。
「おいおいおい!触んなよ、フェアリー!」
サタン様が慌てて悪魔と私の間に割り込んだ。
「キミのオーラ、こいつらには強すぎて破裂しちまう!」
「え?」
驚いて見上げる私の前で、サタン様が閃光で貫かれた悪魔の腕を引っ張り強引に立たせる。
「死神や悪魔、天使みたいな下位の神は、オーラの許容量が俺らより少ないんだ。わかりやすく言えば、普通の風船を車用空気入れで膨らませるようなもん。一瞬で、風船みたいに破裂しちまうんだよ。だから、むやみやたらに触んなよ。」
(そ…そうなの!?)
サタン様の言葉に、全員が私から更に飛び退いた。
「悪かったな。今、治してやるから。」
サタン様は怪我を負った悪魔の手に自らの手を重ねる。
するとそこにやわらかな光がともり、すぐに消えた。
「ありがとうございます!サタン様!!」
悪魔が嬉しそうに頭を下げると、サタン様も安堵した様子で頷く。
その手には、もう傷痕ひとつなかった。
サタン様は私を見下ろしてニヤリと笑いながら、おもむろに指差す。
「無事着いたな。じゃ、早速行こうか。」
そして、くいっとその指を上に上げると、私の体が勝手に立ち上がった。
「俺、ゼウスになりたくねーから、キミに触んない。だから、キミも俺に触んなよ。」
そう言いながら、くいくいと指で私を招く。
「もう!操らないでください!自分でちゃんとついていきますから!」
私が怒ってもサタン様は無視して、私を操ったままサッサと歩いて行った。
暗い血の池を抜けると、鬱蒼と繁った森に出る。
「アテはあるんですか?」
私が操られたまま訊ねても、サタン様は答えてくれず、どんどん森へ分け入った。
(なんか、だんだん森深く入って行ってる気がするんだけど…。)
サタン様が騙すような人でないと思いつつ、そんなに信頼関係がしっかりあるわけでもないので少しずつ不安になる。
(怖いことになったりしないよね…。)
そう思った時、きゅうに拓けたところへ出た。
そこには澄んだ湖があり、色んな草食動物が水を飲みにきている。
けれど、血の池に染まって全身血まみれの私に気づくと、動物たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
(あんな動物もいたんだ。)
残念に思いながらも、可愛い動物に癒された私はホッと息を吐く。
けれどそんな間も、サタン様に操られて体は強引に湖のほうへ導かれていた。
サタン様はほとりで立ち止まると、大きく弧を描くように腕をふり、なんと私をそのまま湖に放り込む。
「きゃぁぁぁっ!」
バシャーンッ!!
何の心構えもなく、操られたまま自分から飛び込む形で湖に投げ出され、ぶくぶくと沈みながら私は神の国に来るきっかけになった事件を思い出した。
(た…助けて!)
必死でもがいていると、突然なにかに引っ張られるように体が浮上する。
一気に水面に顔が出た私が咳き込んでいると、サタン様はほとりに仁王立ちして大笑いしていた。
「血まみれでうろうろできねーからさ。」
(それはわかるんだけど…!)
(酷くない!?)
反論したいけれど、体がふるえ喉の奥が詰まり、声が出ない。
私の歯がカチカチと音を立て始め両瞳から涙が溢れてくると、さすがのサタン様もハッと気づいたようだ。
「そっか、ごめ…」
サタン様が謝りかけたその時、黒い影が横切り、迷いなく一直線に湖に飛び込んできた。
パシャッ!
綺麗な弧を描いて飛び込んだ影は小さな水音と水しぶきを上げ、私は思わず顔を背ける。
「めい!」
聞き覚えのある声で呼ばれ、私の心臓がどくんっと跳ねた。
(まさか…。)
恐る恐る、影のほうへ目を向ける。
すると、そこには会いたくて仕方なかった人がいた。
「ゼウス…様…。」
口をついて出たのは、『リカ様』でなく『ゼウス様』だった。
黒髪黒瞳の彼は、顔をこわばらせる。
「私は…もう…ゼウスじゃない。」
苦しげに吐き出された言葉に、私は慌てて両手で口を塞いだ。
「すげー、どんだけ探しても見つからなかったのに、フェアリーちゃんがいるとすぐ見つかった♪」
おどけた様子でほとりに座るサタン様を、リカ様が睨み上げる。
「…サタン!」
「わ♡初めて怒った顔見た~♪」
全く反省のないサタン様に、リカ様は呆れたように大きなため息を吐いた。
「強大なオーラを感じて様子を見に来てみたら、血まみれのめいが湖に落とされてびっくりした…。」
言いながら大きく吐いたため息は、先程とは違い深い安堵のため息だった。
「おまえ、消えたんじゃなかったんだな。…ほんとに良かった…。」
言いながら腕を伸ばし、私にあと少しで触れるという時、リカ様はハッとした様子で強ばり、その腕を下ろす。
下ろされた腕は、ぐっと拳を握った。
「リカ様もご無事で何よりです…。」
私は真っ直ぐに一歩、リカ様へ踏み出す。
けれど、瞬時にリカ様は飛び退いた。
「寄るな。」
思いがけない拒絶に、血の気が引く。
「…え?」
「…あ、いや、そうじゃなくて…。」
青ざめた私に驚いたリカ様が、微かに慌てたように視線をさ迷わせた。
「今の私がおまえに触れると、おまえのオーラを全て吸収してしまうから…。」
「そのために、戻ってきました。」
リカ様の言葉を遮って笑顔で答えると、リカ様が小さく首を傾げる。
「リカ様がもう一度ヘラ様をしっかりと守れるように…ゼウスに返り咲けるように、戻ってきたんです。」
リカ様は、驚いたように目を見開いた。
「…まさかおまえ…還れてたの?」
(あ、そっか…。リカ様はご存知なかったんだ。)
「はい。」
「…なんで、戻って来た?」
リカ様の声が、いつになく低くなる。
黒い瞳が何かを警戒するように、鋭く光った。
「リカ様の傍にいたくて、戻って来ました。」
「…。」
正直な気持ちを伝えると、リカ様は一瞬きょとんとした後、険しい表情になる。
「は?」