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短編集19(過去作品)

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「いやぁ、俺はどちらかというとあまり人の集団に属す方じゃないから、まわりのやつからどう思われているかなど今まで気にしたこともなかったんだ」
「しかし、君は人の面倒見がいいじゃないか。そういう話もよく聞くし、そういう意味でもいつも他人のことを気遣っているんだと思っていたよ」
「そうでもないんだな。どちらかというと、何でも自分に置き換えて考える方なので、自分がされたら人も嫌だろうと考えるだけなんだ。それで気を遣っているように見えるだけじゃないか?」
「それでいいんだよ。無意識に人に気を遣えるのなら、それに越したことはないじゃないか。俺なんてそれが分からないから、いつも苦労しているんだぜ」
 聡の言い分は分からなくもない。かくゆう私も前はそうだった。自分は逆だったのだが、自分の気持ちをどうしてまわりが分かってくれないかで悩んだものだった。
 虐められていた頃の私は、結構精神的に卑屈になっていたかも知れない。
――分かってほしい――
 この気持ちばかり強くて、かなり露骨にいじけていたりしたこともあった。その頃には分からなかったが、皆から相談を受けるようになって当時を思い返すと、
――なるほど、あれなら虐めたくなるわ――
 とも思えてくる。
 虐めるものの気持ちが何となく分かってくると、虐められていた頃の気持ちに当てはめて、どちらも分かってくる。きっと顔つきも変わってきたのだろう。
 だがそれに気付かせてくれたのも聡の存在だった。何もしなくても「風格」が漂っていて、皆から一目置かれる存在である聡のことを、いつも注目していた。
 自分から友達になろうと思わなかったのはなぜだろう。それはいまだに分からない。だが、いつしか目標のようになっていたのは事実だった。
 いつも聡の行動を目で追っていた。彼が他の人とどんな顔をして話すのか、あるいはその時の相手がどのように聡に接するかなど、じっくり見ていたものだった。そんな彼を見ているだけでよかったのだ。
――そんな聡から話しかけてくるなんて――
 自分としては「まさか」だった。最初は彼の悩みの相談のようだったが、途中からは口調が変わり普通の話になっていた。その話し方は淡々としていて、内容は彼の知識の深さを思い知らされるばかりであった。
「ウンチク」というのだろうか。成績が優秀なのは知っていたが、それ以外の雑学にも秀でた知識があるのを見て、さらに尊敬に値するやつであることを思い知ったのである。
「君と話していると落ち着くよ」
 聡が私にそういった。もちろん嬉しいばかりである。
「ん? どうしてだい。ただ君の話を聞いているだけだが」
 話についていけないまでも、それでも何とか会話を長引かせようという努力だけはしていた。
「しっかり聞いてくれているだけでも嬉しいものさ。なかなか話についてこれる人はいないからね。そうは言っても、中には露骨に話の内容を打ち切ろうとする人もいるくらいなので、どうしても恐縮してしまい、そこから先は話がぎこちなくなってしまうんだよ」
 それはそうだろう。私も何とか合わせているだけなのだから。
「君は一体どこで知識を得るんだい?」
「俺は図書館に寄ったりして、そこでよく本を読んだりするんだ」
 そう言った時の聡の表情に、微かなはにかみのようなものがあったことを、私は見逃さなかった。
――図書館に何かあるのかな?
 と思ったが、それを詮索することまではしなかった。ここで詮索するよりも、実際に彼が図書館にいる時の様子を陰から窺った方が真実が見えてくるような気がしたからだ。もっとも聞いてみたところで彼が自分から話すとも思えなかった。
 そういえば図書館など入学してからあまり入ったという記憶がない。試験前などにたまに立ち寄ることがあったが、それも自習室に少しいるだけといった程度だった。図書館本来の目的、本を読むために立ち寄ったことはまったくなかったと言ってもいいだろう。
――図書館には独特の雰囲気がある――
 それは分かっていたことだ。静粛にするのが義務付けられている場所で、聞こえてくる音といえば本を捲る音だけだったりする。靴の音すら響かないように、床にはカーペットが敷いてあり、ひょっとして一番高貴な気分になれるところではないだろうか。
 図書館には他の部屋にはない匂いがある。本の棚を歩いていると感じるのだが、本の匂いに混じって何か分からないが匂いを感じる。何となく柑橘系の匂いだと感じるのは、意識して漂わせている香りのようだった。
 私にとって嫌いな香りではない。むしろ気分的に落ち着かせてくれる香りで、図書館を訪れたくなる人は、この香りに誘われているのではないかと思えるほどであった。
「図書館は静かすぎて、俺には向かない」
 と、言っているやつがいた。私も同じで、襲ってくる睡魔に打ち勝つ自信などない。足が遠のくのも無理のないことで、特に試験前の緊張した雰囲気の時など、襲ってくる睡魔とも闘いに何度くじけそうになったことだろう?
 あれは、手に資料をいっぱい持って図書館に消えて行く麻衣の後ろ姿を見た時だったと思う。別に休み時間どこに行くというあてもなく歩いていた時だった。追うように私も図書館に入っていった。
 季節は夏の暑かった頃だったと記憶している。学校のムシムシした通路を汗が滲んでいて気持ち悪いのを感じながら歩いていたので、冷房の行き届いた図書館に入った時に感じた一気に汗の引いていく爽やかさを今でも忘れることができない。
 乾いた空気が静けさの中で増幅するのか、耳鳴りのようなものが聞こえた。それはまるで砂浜で拾った巻き貝を耳に当てた時に聞こえる空気が通り過ぎる音に似ていた。さぞかし表とは違って、いかに空気がきれいであるかを認識させてくれる。
 聞こえてくるページを捲る音が耳に心地良い。座って本を読んでいる人たちの姿勢がいいのは贔屓目に見ているからだけではないのかも知れない。とてもテーブルに座って本を読んでいる自分の姿など想像できるものではないと思っていたが、見詰めれば見つめるほど、そこにいる自分の姿が瞼の裏に浮かんでくる気がするのは気のせいではない。
 入り口近くに吸水器があったのを思い出した。喉の渇きはそれで補給できる。すぐ横には司書室があるが、今まで気にして見たこともなかった。本を借りることがないので仕方のないことだが、その奥にある文芸部の部室の存在だけは知っていた。
――確か麻衣は文芸部ではなかったかな?
 よくよく考えるとそうだった。半分有名無実化している文芸部の中にあって、一人頑張っているというイメージを麻衣に持っていたことを思い出した。秋にあった文化祭で一人デコレーションに張りきっていたからだ。
 部員が少ないわけではない。しかし実際は幽霊部員が多く、活動も以前は機関紙発行をしていたのも関わらず、最近はそこまでやっていない。麻衣にしても活動する時だけ部室にやってきているみたいなので、部室を利用する機会など、ほとんどないようだ。
「そういえば文芸部の部室ってどこだっけ?」
 そんな声を聞いたこともあった。私ですら、麻衣がいなければ知らなかったであろう。今まで気にしていなかったつもりでいるだけで、意識は麻衣に向いていたのかも知れない。
作品名:短編集19(過去作品) 作家名:森本晃次