リードオフ・ガール3
その一言で良輝の顔は無駄な動きをやめた、確かに額からレーザー光線が出ると思えば顔はしっかりストライクゾーンに固定される、良輝に訊くと、今までは目でストライクゾーンを捉えていたので、少し位へッドアップしていても自分ではわからなかったそうだ。
実戦形式のフリーバッティングでも淑子の観察眼は遺憾なく発揮された。
「雅美ちゃんの牽制、わかります」
「ん? そうかい?」
以前、雅美には牽制の時、顔の角度が違うと言うはっきりとした癖があり、それは光弘が指摘して直させたのだが……。
しかし、淑子は確かに雅美が左脚を踏み出すより一瞬早く牽制とバッターへの投球を言い当てる。
「どうしてわかる?」
「牽制の時の方が、動き出しが0.5秒くらい早いんです」
そう指摘されてみれば、光弘にもはっきりとわかる。
牽制の時はセットに入ってから1.5秒ほどで投げ、バッターに投げるときは2秒ほどの間があるのだ、つまり1.5秒待って牽制が来なければもう来ないと言うことだ。
雅美に伝えずに由紀にそれを教えると、ニ盗、三盗を簡単に決めて見せた。
ランナーの由紀にしてみれば『もう牽制は来ない』とわかるのでわずかに早くスタートが切れる、その差は0.5秒に満たないが、盗塁に於いてその差は大きい。
楽々と盗塁を決められたところで種明かしをして聞かせると雅美も納得せざるを得ない、しかもその癖を直すのは簡単、牽制の時ももう一呼吸余計に持てば良いだけなのだ、バッターへの投球は何も変わらない。
光弘は舌を巻いた、淑子はもう40年近く野球と関わっている自分よりも観察眼が鋭い。
それだけではない、すぐに修正法を見つける柔軟で回転の速い頭脳をも持っている。
野球用語には「刺す」「殺す」「討ち取る」「盗む」など、物騒な言葉が多い、ある意味相手の裏をかき、隙を衝いて行くスポーツなのだ。
その意味において、淑子がサンダースに加わるのは、大げさに言うなら劉備軍に諸葛亮孔明が加わるようなもの、フィールド内に入る事はないにしても、淑子は大きな戦力となってくれるに違いない。
「うちでもサードコーチャーを頼むよ」
「はい!」
淑子は嬉しそうに、そして元気よく返事をした。
作品名:リードオフ・ガール3 作家名:ST