②全能神ゼウスの神
「おかえりなさいませ。」
ヘラ様がいつも通り笑顔で迎えてくれ、私とゼウス様の心がホッとする。
「ん。でも御祓の泉に行ったら…すぐまた戻る。」
ゼウス様は大きなあくびをしながら、私を連れて足早に裏口から出た。
御祓の泉に着いたとたん、シャボン玉が割れる。
そして、魂の中に容赦なく落とされた。
「うわあっ。」
相変わらずの奇妙な感触に鳥肌が立つ私を、ゼウス様が服を脱ぎながら笑う。
「いい加減、慣れろよ。」
虹色に輝く魂の泉の中に、全裸になったゼウス様が入ってきて私を抱き寄せた。
私は服を着ているけれど、裸の男性に抱きしめられて、しかもそれがゼウス様だと、心臓が破れんばかりに激しく高鳴る。
その瞬間、泉がより輝きを増した
「…こうやったら、回復が更に早まる…。」
欠伸混じりに耳元で囁かれた瞬間、私は思考を閉じる。
そうしないと、ゼウス様のことを好きだと知られてしまうから。
回復が早まるのは、きっと私の心が愛しさと幸せで満たされて、オーラが強まるから。
「ごめんな。」
突然謝られて、驚いた私はゼウス様を見上げた。
「怖いんだろ?めっちゃドキドキいってる。」
(…。)
「でも、急いで戻んなきゃなんねーから、ちょっとだけ我慢な。」
そう囁く熱い吐息が耳にかかり、余計私の鼓動が激しくなる。
けれど、ゼウス様の鼓動は高鳴ることなく、体も全く興奮する素振りがない。
(完全に、女として見られてない…。)
そう思った瞬間、ゼウス様が私を抱きしめる腕の力をゆるませ顔を覗きこんできた。
「いや、だって勃ったらヤバいだろ?」
(…しまった…聞かれた…。)
思わず頬を赤くして、顔をそむける。
「…勃っていいんなら、勃たせるけど?」
(うわ~、完全にセクハラ発言。)
怒りを含んだため息を吐くと、ゼウス様は声を上げて笑った。
「怒んなよ。心配しなくても、おまえに絶対手は出さないから。」
笑いながら、私を再びギュッと抱きしめるゼウス様。
その瞬間、また泉が輝きを増すと、からかうような笑顔を浮かべた。
「ていうかさ、おまえが私に興奮してる?」
その言葉に、思わず私はゼウス様の頭をポカッと叩く。
「最っ低ー!」
(どんだけセクハラなの!!)
するとゼウス様が笑いながら、頬に口づけてきた。
「ごめんごめん。冗談だよ。」
頬に押し付けられたやわらかな感触に、胸がきゅっとしめつけられた時、その頬をかぷっと口に含まれる。
「!」
「ほんと、餅みてぇ。」
あむあむと甘噛みされ、完全に私はフリーズした。
(…な…何が今起きて…。)
ゼウス様は固まる私に気づかず、頬をさんざん甘噛みして楽しむと、満足したのか私を離す。
「よし。これでもうちょい頑張れるわ。」
そしてやっぱりためらうことなく全裸のまま、堂々と泉からあがる。
「…。」
ゼウス様は手早く服を身に付けると、放心状態の私をふり返った。
「めいはゆっくりしてく?」
「!」
(ひ…ひとりで魂の中にいるのは嫌!)
私が慌てて頭を左右にふると、ゼウス様が笑いながらほとりに屈んで手を差しのべてくれる。
「私は戻るけど、めいはもう休んでいいから。」
私をぐいっと力強く引き上げながら、ゼウス様はやわらかく微笑んだ。
そしていつも通り、さっさと私を置いて歩いて行く。
「もう!置いていかないでくださいよ!!」
私はゆるむ頬を隠して、文句を言いながらその背を追った。
「ゆっくり来な。」
そんな私をゼウス様は笑顔でふり返ると、手をふりふり速度を落とさず歩いて行き、遂に姿を見失う。
「もう!俺様なんだから!!」
文句を言いながら部屋に着くと、ゼウス様がちょうどヘラ様にココアをもらっているところだった。
「あ!ずるい!」
私が言うと、ゼウス様が一瞬ニヤリと笑いそうになり、慌てて口元をおさえて隠す。
「めいさんのぶんもありますよ。」
そのゼウス様をチラリと見たヘラ様が、ニコニコしながら私の前にココアを置いてくれた。
ゼウス様は無表情でココアを一気に飲み干すと、カップをヘラ様に手渡す。
「じゃ、いってくる。」
白銀髪をさらりと揺すって私をふり返り、無機質な瞳を向けた。
「ゆっくり休みなよ。」
私は笑顔で頷く。
「はい。ありがとうございます。」
ゼウス様は小さく頷き返すと、部屋を出て行った。
ヘラ様は、ゼウス様の姿が見えなくなるまで、ジッと見送る。
その横顔がいつになく寂しげで、私は横から覗き込んだ。
「ヘラ様?」
そっと声を掛けると、ヘラ様が明らかに動揺する。
「…め、めいさんお疲れでしょう?どうぞご遠慮なく、休んでください。」
いつになく落ち着かない様子のヘラ様に違和感を感じつつ、やはりオーラを使った体は泥のように重かったので、その言葉に甘えることにした。
「はい。では少しだけ。」
頭を下げて黄色い扉に手を掛けた時、ヘラ様がポツリと呟く。
「リカは…笑顔を見せてるんですか?」
(『リカ』)
ゼウス様の真名を耳にするのは、2回目だ。
「え?」
私がふり返ると、虚ろな瞳のヘラ様がカップを2つ持ったまま、ぼんやりと立っている。
「御祓の泉では…何をしているんですか?」
ヘラ様の体から、負のオーラが発せられるのを感じた。
私は慌ててヘラ様の傍へ行くと、カップを受け取る。
「と…とりあえず、座りましょう。」
(このままじゃ、マズイ。)
(まだ神殿の中に、陽もサタン様もいるのに。)
(人間の負のオーラは、神界を汚染する。)
(だから、それを発する者がいるとなれば、消されてしまう!)
私が先にソファーに腰かけると、ヘラ様もふらりと座った。
「人間だった時、二人きりの時には笑顔を見せてくれていました。」
ヘラ様は俯いて、弱々しい声で呟く。
「けれど、ここに来てからは…宇宙に影響が出るからと、二人きりなのに全く笑わなくなり…いえ笑顔どころか、喜怒哀楽すべてなくなってしまって、いつも無表情で過ごすようになったんです…。」
私は気持ちが落ち着くようにジャスミンティーを淹れ、ヘラ様の前に置いた。
「それも仕方のないことだと諦めていたのですが…さっき…笑顔が一瞬こぼれて…。」
カップを包み込むヘラ様の両手が小刻みに震えていて、カップがソーサーにカタカタと当たる音が室内に響く。
「御祓の泉にめいさんと行くようになってから、リカは無表情ながら楽しげで…オーラが満ちている時は夜、ベッドの中で抱きしめてくれていたのに最近はそれもなくなったから…。」
(…えーっと…つまり、これは…ヤキモチ?)
(え!?)
(私、ヘラ様にヤキモチ焼かれてるの!)
「あ…あの、ヘラ様!」
私は慌てて口を挟む。
「たしかに、御祓の泉は宇宙と時空が違うから自由にできるそうです。だから、おっしゃる通り、ゼウス様は笑ってますけど、だからといって私と特別な何かは全く起きていません!」
ヘラ様が、ゆっくりと顔をあげた。
「ほぼ玩具扱いです!た…魂だらけなんですよ、泉って!!魂が湧きだすとこに、私は毎回落とされるんですよ!ゼウス様に!!」